アガスティアが現れるとき。(4)

しばらくして、ナディーリーダーが私の葉っぱの候補の束を持ってきました。

最初の束の葉っぱの一枚一枚の質問に答えていきましたが、私に該当するものはなかなか出てきませんでした。


それはそうと、アガスティアの葉自体が本物なのか、偽者なのか、という話はその頃すでにおこっていて、
本も、アガスティアの葉は偽者だった、という本を私も読んだことがありました。

私は、前述したように、人生に希望や明るい展望が持てない時期だったので、とにかく少しでも希望につながりそうなものにすがる思いがあったので、そのような真贋論争を熟慮するような余裕もなかったのでした。

いいかえれば、このときにアガスティアの葉を見に行った気持ちは100パーセント真剣でした。

しかし、そういう暴露本を読んでいたので、偽物かもしれないという話があるのは知っていました。



そのようなことをなんとなく頭のどこかで考えながら、自分候補の葉を特定する作業をしていたと思います。


すると、私の前に机があって、その机の向こうでナディリーダーが葉を特定するための質問を私に投げかけていたのですが、
ナディリーダーのすぐ横、私から向かって右側にアガスティア自身が立っていることに気がつきました。


聖仙アガスティアは、よくあるアガスティアについて描かれたイラストのようにわりと背が低く、黒い髪と黒いひげを豊かにたくわえた姿で現れました。

彼は何をするでもなく、ただ単に、ぼーっとそこに立っていました。


わたしは、
「あ、アガスティアだ」と思い、
アガスティア自身が来てくれているなら、私の葉っぱはじきに出てくるだろうし、適切な葉っぱが出てくるはずだと思い、すっかり安心しました。

私の葉っぱは2束目のはじめのほうで特定されました。

はまるプージャ、はまらないプージャ。

体験的に、プージャははまるときははまって、てき面に効きます。

翌日とかに状況が急展開したり、時にはプージャ当日、へたするとプージャを頼んだ時点からもうエネルギー状態が変わってくるようです。

もしかすると、プージャを頼む以前にも、その時に向けて、状況やエネルギー状態は変わっていっているのかもしれません。


プージャというのはそもそも天啓聖典に基づいた儀式なんだろうと思います。

ということはつまり、神自身が、
「これをしたらこうなるよ」
という、パスワードを教えてくれてるようなもんだと思います。


だから、プージャそのものが効くように思えても、じつはそれはそうじゃなくて、神のエネルギーの流れ、いいかえてみれば、神の意思の中に溶け込むためのパスワード、それが、あるときはプージャを実行するという行為なのだろうと思います。


だから、はまるプージャ、はまらないプージャ、効くプージャ効かないプージャの違いというのもそこらへんに秘密がありそうに思います。

アガスティアが現れるとき。(3)

部屋に入って待っているとき、目にするすべてのものがそれぞれ何か私に語るべきものを持っていました。

それはありの行列であったり、中に色分けされた液体がゆれる卓上ペーパーウエイトだったりさまざまでしたが、それらの一つ一つが次々私になにやら深遠な哲学を語ってくるのでした。

私はそれぞれの語ること一つ一つに耳を傾けました。


そうこうしているうちに、誰か館の人が入ってきて、壁にかけてあった日めくりのカレンダーを1年が1枚に全部書かれたポスター型のカレンダーに掛け替えていきました。


その様子を見て、わたしは今までは先が見えなかったけど、これからは時間を俯瞰するようになるんだな、と、思いました。

アガスティアが現れるとき。(2)

チェンナイ(タンブラム?)のアガスティアの葉の館に着き、候補の葉を探してもらう間、外のベンチに座って待っていました。

すると、それまで完全に忘れていた自分の幼少時代のことがふいに思い出されてきました。

母方の祖父の仕事(ストーブの修理か何かをやっていたんだったと思います)にくっついて、一緒に車に乗って出かけたとき、
その時私は4〜5歳くらいだったんじゃないでしょうか。

何を思ったか、助手席に乗ったわたしはずっと
「青になれ。青になれ。」
と言っていました。

するとその日は一度も信号に引っかからず、
車のスピードを落として赤信号の交差点に近づいていっても、
交差点で止まる前に信号は青に変わりました。

車が止まらなかったのでその日の仕事はいつもより数十分早く終わり、
家に戻った祖父はそのことを祖母か誰かに言っていました。


なんてことないエピソードですが、
完全に忘れていたこのことがふいに記憶の底からよみがえってきました。

空気が流動体であるかのような感覚は相変わらず続いていました。


その後、アガスティアの館の中に通され、どこかの部屋でさらにしばらく待たされました。

アガスティアが現れるとき(1)

わたしは今確か36歳ですが、確か、24歳か25歳くらいのときに自分のアガスティアの葉をはじめて見ました。

そのときは最初にプッタパルティに行ってサイババのダルシャンを受けてからチェンナイに飛びました。

そうしたほうが、ババの導きを受けて葉っぱを見ることができると思ったからです。

そのころはなかなかしんどい時期で、
非常に霊的になりすぎてて、何かを保持することが難しかったです。

つまりは霊性と物質的なもののバランスが取れていなかったのですが、そういう時期はあるものだし、人によっては避けて通れない時期なので、あえてバランスをとる必要もないのだと思います。

どっぷりそういう時期に浸かって、堪能すべきだと思います。


そのころは中部地方で一人暮らしをしていたのですが、
ものがあって、執着するのが恐ろしかったので、
風呂に使う洗面器や体を洗うタオルなんかも、田んぼに落ちてたのを拾ってきて使ったりしていました。

都合のいいことに、田んぼに風呂セットがスーパーの袋に入って一通り落ちてたのです(笑)

服も、だからその装飾性について考えることができなかったので、へんなかっこうをしてて、地元の中学生にからまれそうになったりもしました。

髪も、すごく長かったのですが、その装飾性がいたたまれなくなって、
自分で何度かに分けてジョキジョキ切ってるうちに虎刈りになったので、いっそのことスキンヘッドにしました。


でも寒かったし面倒だったので剃るのは3日でやめました(笑)


最初にアガスティアの葉を見に行ったのはそんな、スキンヘッドが伸びてへんなイガグリ頭にターバンみたいな?ヘアバンドをして、変な服を着て、頭の中身も多少変な状態で行きました。


でもそのころは今思えばすでに人生が上向きになってきてて、
最悪のときは脱していたときでした。


しかし自分では自分の人生の今後の明るい展望など考えることができない時期でした。

完全に混乱していました。


サイババツアーのオプションとして、アガスティアの葉も見たので、
ホテルなどは全部手配されていて不安もなかったので、すごく集中して「入って」いました。

アガスティアの葉のツアーといっても、私一人だけだったのでなおさらでした。


翌日ホテルから葉っぱの検索をする館に向かうとき、
空気感が違っていることに気がつきました。

まるで水の中にいるように空気が高密度で、何もかもとつながっているようなかんじでした。
空気がゼリーみたいにニュルニュルして感じられました。

なにかが始まろうとしてる、という感覚がありました。