地域通貨の集まり

今日、この近隣でやってるらしい、地域通貨の会合に参加してみました。

 

美味しいぜんざいを食べて、ゆるく、ゆる〜く、しゃべってました。

 

地域通貨って、実際に使ったことないので、どんなものなのか実体がよくわからなかったけど、話を聞いてなんとなくイメージできました。

 

通貨というか、交流のツールみたいな印象を受けました。

これに参加する人はプロフィールを提出して、何ができるかとか、何をやってほしいかとか書いて出すので。

どこにどういう人がいて、誰に頼めばいいかわかるっていいなと思いました。

 

今までの通貨のイメージとはちょっと違いますよね。

 

 

 

まあ、地域通貨も導入の仕方でもっと通貨っぽくもなるのかもですが、近隣でやってるのはなんかやってもらったら、その場で手帳に支払い分と受け取り分を記入して終わりって感じでした。

 

なので、その時その場で通貨が生み出されるんだー、と思いました。

 

なので、総量は増えていくばかりなのかな?と思ったけど、プラスとマイナスは常に同じ金額のはずだから、総量は常にゼロなのかな???

 

まあ、誰かが利益と支出を持ったまま死んだらその地域通貨は多分誰にも引き継がれないからゼロではなくなるか。

 

 

 

エンデの遺言、というのが、この地域通貨の基本的な考え方になってるらしいです。

 

http://grsj.org/report/report/endenoyuigonsinario.html

 

動画、これかな?

 

 

エンデの「モモ」、本より先に映画を見たのですが、好きだった〜。

ビデオを所有して何度も見ました。

 

主役の女の子が可愛くて。

 

 

 

お金って、すごく不思議なものだなあと思うので、いい機会だしまたちょっと考えてみようかな。

 

お金って、つくづく思うのは、その人のお金に対するイメージや認識や使い方(=稼ぎ方)で、その性質がまるで変わってくる。

それが、なんかすごく不思議だなあと思うのです。

 

 

私はお金は私のやりたいことをサポートしてくれる存在だと思ってます。

楽しいものっていうイメージがあります。

 

でも最近、タダとかでものをもらうことも多くて、

そうなるとお金を介在させなくても暮らしが成り立つ。

 

だから究極的にはお金はなくってもぜんぜんいいんですよね。

 

それぞれのやりたいことをそれぞれがサポートして、お互い楽しく生きるようにしてれば。

それは実はお金を介さなくてもできる。

 

家族のメンバー間ではお金を介さずに助け合うことがほとんどだと思うし、最終的にはそうなっていくんでしょうね。

 

 

 

 


お金に苦しんでる人は多いと思うし、今、何かがおかしいなって思いますよね。

 

まさにモモの映画のように、時間泥棒がみんなの時間も何もかもを盗んでいくのが今世界で起こってることかもと思います。

 

だから、お金を地域通貨のように自分たちの手に取り戻すって、いま一度、物事を美しい単純さに戻すことだと思います。

 

 

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歩き出した赤ん坊

赤ん坊、昨日突然歩き出しました。

 

すでに足腰はできてたと思うんですけど、今までは歩く動機が弱かったんだと思います。

歩いたら親が反応いいから、赤ん坊も、これはウケる!と、反応に面白くなって、調子上げて歩いて見せるようになった感じ。

 

https://www.facebook.com/sawako.furuno.9/posts/1277665582311190?pnref=story

 

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2番目の元だんなさんの追い出しの件。わたしがそのままのわたしでいていい許可。

2番目のだんなさんとは去年の11月にようやく籍をはずすことができて、よくやったと何度も自分を褒めたいとこです。

 

それでも、主に子育て要員として今も同居しています。

 

しかし今や、わたしの負担にしかなってない感じが強くなってきました。

 

実際、数日に一度はもめて、嘲られたり罵られたり超失礼なので、無視してその場を離れるために子供を連れて何処かに歩いて行くと追いかけてきて謝罪しはじめるので、土下座させてみたり(土下座も数を重ねると安っぽくなってきた)、でも数日後にはまた同じことの繰り返し、みたいな。心底うんざりで。

 

でも、籍を入れてる時は自分ももっと混乱して疲れ果ててたのですが、籍を抜いたらやっぱり意識から切り離すのが容易になって他のことを考えやすくなって、楽になりました。

 

そんなわけで、2番目のだんなさんのことを考えると自分も下がるので、意識の中になるべく入れないように、別の楽しいこととか自分自身に集中するようにがんばってきました。

 

おとといだっけな?

は、一人で小一時間ヴェーダチャンティングをしたりもして、やっぱヴェーダチャンティングは素晴らしいなと思い。

 

そしたら、その日の夕方からまたもやもめて、すっごい失礼で全力でバカにしてきたりして、

もう、馬鹿馬鹿しいから具体的な内容は記憶に留めないようにしてるから中身は一切思い出せないんですけど、

わたしはその日は昼間しっかり仕事をして、夜は早めに温泉に行って楽しく1日を終えようと思っていたんだけど、夕方からの数時間をまたそんなことのために無駄にしてしまった。

 

でもわたしのやりたいことは遂行しようと思って、赤ん坊と温泉に送ってもらって、でもやっぱり態度が嫌すぎたので、帰りは歩いて帰るから来なくていいと断って、

 

結構雨が降ってたんですけど、わたしはそういうの御構い無しなんで。

 

で、温まって温泉から出たら迎えに来てて車に乗るように頼まれたんですけど、やっぱりその態度が気に食わなかったので断って、

傘も持ってなかったけど、赤ん坊もわたしも厚手のパーカーを着てたので、二人ともフードをかぶって、赤ん坊はわたしの服の中に入れて抱っこして歩いて帰りました。

 

車で追いかけてきたので、今のこの時に何をわたしに伝えたいのか、話を聞いてやろうと思ったけど、うわべだけでやっぱり何も響かなかったので無視しして、雨の中歩いて帰りました。

 

案外近くて30分くらいで家に着きましたが、歩道が狭い道を歩いてたので、トラックとか通るのがちょっと危ないなと思ったし、街灯もなく、思いっきりトラックに水をかけられたり。

 

でも案外平気な感じで家に着きました。

 

これまで同様にどこかに歩き去って、2番目のだんなさんが車で追いかけてきた時には、無視して20キロくらい歩いて帰ったり、嫌になって道を外れて藪の中で12時間くらい寝てたり、わたしが免許を取ってからは、わたしが車に乗って2番目のだんなさんを置いて行って歩いて帰って来させたり。(大した距離じゃない)

 

わたしって頑丈で。

 

今回は30分くらい雨の中を赤ん坊を(直接濡らさないように)懐に抱いて歩いて帰って、赤ん坊は途中から寝てたので、家に着いたらそのまま寝かせて、別に何の問題もなかったのですが、

 

今回はいつもと違って2番目のだんなさんが家から出て行ってました。

(わたしが帰らずめっちゃ歩いて野宿的なのはけっこうよくある)

 

とはいっても、彼は車に乗って行ってるから寝る場所はあるし、どこにでもどこまでも行ける。

 

2番目のだんなさんのいない家でなんだか幸せに寝て、

スッキリ起きて、穏やかに過ごし、

赤ん坊も前日までキャーキャー奇声を発していたのが全くなくなり。

 

まあ、ケチな彼のことだから、このまま荷物を置いたまま家に帰って来ないということはないだろうけど、

食料はたっぷりあるし、1週間くらい帰ってこないといいなと思いました。

 

で、そのまま同居解消を前提に家で過ごしてみたら、なんと気持ちのいいこと。

 

相当なストレスを感じないようにして暮らしてきたんだなわたし、というのがよくわかりました。

 

結局2晩帰って来なかったんですけど、

その間に家は本来の様子を取り戻すかごとく、徐々に無理なくキレイになるし、家の中の空気が澄んでくる感じが。

 

基本的にわたしはミニマリストなので、

目に入るものとか最小限にしておきたい方で。

ものがあればあるだけ、視覚で疲れちゃうので。

 

2番目のだんなさんはそこらへんはかなり汚いです。

存在の空気感(言動など)も持ち物も汚らしい。

 

なので、わたしは平常心でいるために、わたしの感覚の一部を麻痺させて日々暮らしてるわけなのです。

それがどれだけ自分に負担になってるか、よくわかりました。

 

2番目のだんなさんがいないと、実際に家の中のものが自分からキレイになっていくみたいに感じられました。

それが本来の状態であると思い出して。

 

わたし自身も自分で鏡を見たらなんか軽くスッキリしてる。

 

ストレスがなくなってお腹も空かない。

日々のストレス解消に食べて気持ちを満たしたい、もしくは嫌な感じを食べることで感じなくさせたいという思いがあって、それがなくなってるのに気がつきました。

 

実際、もしこのまま帰って来ないと想定したら、対応しないといけないのはいつも車で行ってもらってたゴミ捨てと、わたしはプロに丸投げのつもりだったのが、もったいないから俺がやると言って彼が引き受けながら毎回イラつく空気を出すことに迷惑してた確定申告。

 

それくらいかな。あとまあ、諸々の手続き。

 

くらいかな。

 

全然楽勝!

 

散ってた力が自分に戻ってくるみたいな感覚です。

もともと、隅々まで自分一人でやって、全てを自分要素で満たすのが心地よくて性にあってたりするのです。

 

赤ん坊の世話も、一人でするのは嫌なので今回はほとんど任せてたけど、2晩一人でやっても大丈夫。

なんせ、まるまる数年間、一人で世話をしていた一人目の子供が病気のオンパレードですごく大変だったので、それを思えば体力の低下を差し引いても楽勝もいいとこ。

 

なので、知り合い的などこかから5万くらいで中古車を手に入れれたらわたしもう全然問題ないよね、

という感覚にすぐなって、明るい気分にしかならなかったです。

 

経済的には現時点では2番目のだんなさんが消えたらむしろ負担が減るくらいなもんで。

 

問題ない。

 

自分自身で居られる空間の心地よいことよ。

 

 

そう、そもそも元はと言えば、わたしはだれにも邪魔されずに自分で居られる場を自分に与えたくて、長野に引っ越してきたのです。

で、山奥に一人でこじんまりスッキリ住んでた。ミニマムにキレイに暮らしてた。

 

そこに転がり込んできた2番目のだんなさん。

車があるし便利だなというのはあったけど、大量の汚らしい荷物を運び込んできてめまいがしました。

もちろん本人も、自分の荷物の内容なんてすでにわからなくなってるレベル。

当時の家のオーナーのおばちゃんも、わたしなら問題なさそうだし、貸してもいいわという感じで間借り的に自分の趣味の、夢の家を貸したものの、あとから来たおっさんの大量の汚い荷物にはキレてました。

 

基本がキレイだと、ちょっと汚くなっても形状記憶みたいにすぐにキレイな場に戻るんだけど、2番目のだんなさんの場合、基本がめっちゃ汚いので場としてキレイになることが本人や本人の持ち物の選択肢にない感じ。

 

ちなみに1番目のだんなさんはものすごく几帳面で、ものすごくきちんと分類して全てを把握してたけど、それでもわたしは具合が悪くなったので大量の映像資料などを捨てまくってもらいました。

ものにも何に対してもあまり執着なく、本人も変わろうとしてるところだったので、わたしが驚くくらい何もかも捨ててくれて良かったです。

 

しかし2番目は全てに執着するタイプでなかなか処分したがらなかった。そして全てにおいて雑。

 

それでもわたしはわたしの快適さのために根気よく教育しました。

 

食器を10洗ったら10全部に固まった汚れがべっとり残ってる洗い方で仕事をした気になってる彼に、いちいち残った汚れを確認させてその場で洗い直しをさせて。

 

褒めて育てるとか、そういうのは子供になら発動するかもですが、おっさんに対してのわたしの辞書にはありません。

 

自分でわたしはなんでもできる人なので、自分でやったら気持ちいいのは当たり前なのです。

それを人に分担するのがわたしのチャレンジ事項。

 

それにしても、そういう調整期間は実際もう終わったと思ってるので、

これ以上彼に自分の時間やエネルギーを割くことは全然したくない。

 

もういいでしょ、というかんじです。

しかも最初はわたしといることで修行したいとか言ってた2番目のだんなさんはすぐに「これほどまでとは思わなかった」と音をあげてそういう自分の情けなさ、人生全般における覚悟の弱さをわたしへの否定や攻撃に変えました。

 

ですから私はそういう奴は放っておいて、自分に集中。

そしたらやっぱ快適だし、いろんな物事がどんどん発展していく感じがあります。いろいろ楽しい。

 

そしたら2番目のだんなさんは改善した部分もあるけれど、ますますぐだぐだになって、自分自身が元々持ってて直視できてない弱さや痛みを、私を悪者に仕立て上げて私を叩くために全力を投じることに決めたみたいで、自分が行動してないだけの話なのにわたしが結果を出すと嫉妬して、それを被害者意識とわたしへの悪意に変えて、最悪です。

彼をサポートすれば攻撃されてると受け取ってキレ、自分の抵抗で結果が出せない(出そうとしない)のをわたしのせいだと言って罪悪感を持たせて責任を被せようとし、そんな甘えにはもちろん付き合いきれないし、じゃあわたしは自分自身に集中して自分を生きようとしたら自分をサポートしないことにキレるという。

 

そんなだから、いなくなってくれたら心からせいせいするんだけど!覚悟はできてるし。(異常に覚悟するのが早いわたし)

とことあるごとに言ってたら、今回出て行ってくれたっきり帰ってこなかったので超明るい気分で希望に満ちてたら2日目に帰ってきました。

 

赤ん坊とよく寝て、すっきり目覚めて、ご飯を作って、楽しい気分で食べ始めたとこで。

何も言わずにドアを開けて黙って入ってきて黙って座ってじーっと見てる。

 

鍵かけとけばよかった。。。

 

キモいしとりあえず玄関の外に出てもらって、そこで何か言いたいことがあるなら言いなさい、あんたはいったい何がしたいの?と聞くと自分でもよくわからん感じらしく。

 

黙って留守にしてごめんなさいみたいにいうので、わたしが聞いたことから話し逸らすなや、いやむしろなんで戻ってきたの?

おらんかったら家も綺麗になるし、子供も穏やかやし、めっちゃ気分よくて快適やったから全然ごめんなさいやないし!

自分の弱さとか恐怖を自分で受け止めて自分で扱わんと、それを感じんで済むように全部わたしのせいにして攻撃することに全力注ぐって決めてるみたいやし、そんなルール違反なやつに付き合ってられんし。おったら迷惑なんや。などなど。

 

別にわたしに伝えたいこともないみたいだったし、

おかんみたいに何やっても何でもかんでも無条件に受け入れてもらえると思うなと言い、着替えを取らせてと言われたけど、お前、温泉に行ってくつろぐつもりか!と断って、もういっぺん追い出しました。

 

その間に赤ん坊はぎゃーぎゃ泣き出すし、ご飯はひえひえになるし、なもんで赤ん坊もつくりたてのご飯はパクパク食べてたのに泣いた後にはもうモードが変わっちゃって食べなくなるし、つくづく、あのおっさんが関わると全てが大変になって余計な手間がかかる。。。

 

おっさんがいないことの明るさ心地よさを体感的に思い出したわたしはさて、どうすべきかと思案して、

 

子供を遊ばせたり、訪問してきた保健婦さんと話をしたり、

思い立って、おっさんの視点からはわたしがどう感じられるのか意識を投影して感じてみたら、

驚くことに、わたしが説明することなど本当に何もわかってないしそれについて脳が機能してなくて何も考えられないみたいでした。

こりゃ、いくら話しても無駄だ。。。

ババに聞いたら、呼び戻すようにとのことだったので電話して戻ってくるように言いました。

 

今度は玄関先で「入っていいですか」と聞かれたので入るように促し、座らせて神妙になったおっさんと、おっさんが世界を認識してるシステムについて話をしました。その誰も幸せにしない世界観にわたしを当てはめようと全力を尽くしてることも。わたしが迷惑してることも。(わたしも懲りない)

 

 

しかし、わたしは一人だと本当に集中力があると思います。

 

レーザービームみたいにこわいくらいに。

それは気持ちいいのだけど、

 

2番目の元だんなさんは本当集中力がないです。

 

カウンセラーの心屋さんの言い出した概念で前者後者っていうのがあるんですけど、2番目の元旦那さんは完全後者。

 

これはある種の才能と言えなくもないかも。

テレビとゲームにだけは集中してる。

 

彼がこの2日間何してたかといったら、いろんな知り合いのとこに顔を出しに行ったり、インド料理屋でカレー食べたり、ケーキ食べたりしてたらしい。

温泉もすでに朝から入ってたらしい。

諏訪大社もお参りに行ったって。

楽しかったみたい。

 

 

そういうのを聞くとわたしは、つくづく、自分は器用で真面目な修行体質だと思い知らされます。

そういう時わたしは森に入って藪の中で自然と一体になって、土に埋もれて自我を超越して過ごすか、長距離をひたすら歩くのだもの。

 

2番目の元だんなさんは進歩したいだの進化したいだの、修行したいだのいつも言ってるけど

そう言ってるともうやった気になって気分がいいから、そういう自分を楽しんでるだけで、本当にやる気はないのに、

(彼はそんな安全な自分を手放す気がないのに)

わたしは言葉を真に受けて、良い変化が起こるようにと全力で働きかけたから全力で抵抗を受けて攻撃されて、自分のエネルギーを失ったんだなと思います。

 

 

 

それから数日経ちましたが、今のところ彼は神妙にしています。

 

わたしは、彼がいない時の自分の可能性が抵抗なくどんどん広がっていくような、なんでも出来るような目覚めた感覚がまた鈍く眠ってしまいそうになります。

 

できない自分への愛着が強く、自分がこんななのは周りのせい、だから周りの人は自分に被害者意識という美味しい立場を固守する彼。

 

一緒にいるとどうしてもその場にいる人に同調するわたしの無色透明さ。

 

環境を整えること、場を整えることが自分には何よりも大事なことで、それさえ出来たら、わたしは自分で自分をブロックすることは少ないから、思ったこと、可能性を見ることができたことは抵抗なくなんでもすぐに実現するんだと思います。

 

そのためにはもっともっと自分に集中して、攻撃者として非難される罪悪感や身構える感じなく純粋に自分自身でいること。

 

そう、結局は被害者意識の強い母親との関係の中でわたしが持った罪悪感→自分が自分でいることが迷惑をかけるという罪悪感→わたしは存在するだけで母にとって加害者だ→だから迷惑をかけている気の毒な母を守らなくてはならない、弱い立場の母の幸せを守ることを自分より優先すべきという慣れたポジションの感覚が、やはり被害者意識の強い2番目の元だんなさんがわたしに加害者の役割を与えて、わたしからエネルギーを引き出すこと(わたしが自分の本来の状態を見失い、エネルギーを散らしてしまうこと)を容易にするのだと思います。

 

前々から母と2番目のだんなさんて似てると思ってたんですが、わたしにとっては二人の共通点て、弱いもの、小さいものに対する愛情深さ、洗練されてない劣等感と、貧乏によって自分が抑圧されている悔しい気持ち、被害者意識、でも本当は自分はできる、特別な人間なんだけど環境がそれをさせないし理解しないという鬱屈したポジショニング。そんなようなものが共通しています。

 

対してわたしはそれにはまるような、早すぎるほどの割り切りのよさ、優越のポジションにいる自己認識、わたしのためにお金が費やされることが当たり前の自己認識、加害者意識の罪悪感。環境はわたしを持ち上げるけど、わたしはそれに値するような中身はないみたいな感じ(ある種の自己信頼や情熱の欠如?)などを持ち合わせてると思います。

 

自分を受けとめて守り、自分で承認し、罪悪感なしにじぶん自身でいることを自分の普通にする訓練を、わたしもしようと思います。

 

自分がそれができてないということすら、根本的なことすぎて、認識するのが難しい。

かけはじめた記憶がないときに、メガネをかけ続けてることに気づくのは難しい〜。

 

でも自分が体験する世界のバグがその存在を教えてくれますし、

 

いつでも気づいて、外して、純粋な自分自身として存在していけると思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

赤ん坊は結構庭で一人で遊んでます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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そもそもどうしてこの仕事を始めたのか。その1

そもそも、わたしがどうしてこの、インド占星術のネットショップの仕事を始めたのか、初心に戻って思い出してみようと思います。

 

始めたのは、2010年だったと思います。

 

当時を思い出すと、結構大変だったので未浄化の感情が動きますね、早速!涙!

これだけ動くということはやっぱりぜんぜんまだ未浄化なのですね。。。

 

こりゃたいへんだ。。。

 

まあ、気を取り直して。。

 

インドに長期滞在を始めたのは2006年で、そのとき、2002年からの怒涛の最初の結婚生活がちょっと落ち着いたかのように見えたときだったんですよね。

 

ううう、思い出すと大変すぎる。未浄化ですねーーー。。。

 

どっから手をつけたらいいんだろうかー。

 

 

ずっと大変で、ずっとハイライト。笑

 

最初の結婚前は、数年間の霊的大混乱時代で、その前は暴力彼氏のDV時代。笑

 

そう、その前、その前は、インドに行って世界がひっくり返って訳が分からなくなったときで、

一応そこが今の人生の起点となってる感があります。

 

そのときに、わたしはいっぺん死んで、同じ肉体に転生したんだなと思ったので。

 

でも以前の記憶があるので、混乱したんですね。

 

本当に別の肉体に赤ちゃんとして転生したら、混乱しないように余計な概念的なものはきれいにリセットされて、生まれた環境からインストールし直しますもんね。

 

それで、自分のそれまでの概念を壊すために、わたしの魂はDV彼氏を利用したんだと思います。

自分を壊すために。

 

霊的混乱時代は、更地に新しく自分自身を建設していく時期で、

 

それがある種の完成を見たので、また世界と関わるために(それまで自分に集中するために家から出ず、半年こもってました)最初の結婚をしました。

 

結婚した相手は、いい意味で空っぽな人で、中身しかないみたいな状態だったわたしとは相性が良かったです。

 

でもわたしと関わることで彼はわたしが通ったプロセスを追って通ることになってそうと思ってたので、

わたしと結婚したら持ってるもの全部壊れて失うよと予言してたんですが、

社会的にはめっちゃその通りになって、(為替や先物のディーラーだったんですが、結婚直後に多額の損失連発)

 

でも、それまでの全てを失うと同時に彼の生命力は復活して、かなり病気持ちだったのがすごく健康になりました。

 

しかし、結婚した訳ですから、予想してたとはいえ、ちょっと大変ですよね、わたしも。

実際は具体的にはわたしは大変じゃなかったんですが、気分的に旦那さんに全く頼れない状況。

子供もさっさと生まれて、(それがわたしにとって、かなり結婚の目的でした)

やっぱ初めてのことだし、あわあわして、

いろんなことに潰されそうな気分にもなり、同時にいろいろ発展もしたんですが、

子供を自分一人で抱え込んでる気分になってて、それが大変で、頼れなくて、そんな自分で自分を支える必要性もあって、

ヴェーダチャンティングに飛びついた面もあったかもしれません。

ヴェーダチャンティングとそれをしているときの自分のバイブレーションにものすごい安定感を感じたので。

 

ヴェーダは非常に男性性の強いものだと思うので、当時の、壊滅状態になっただんなさんに頼れなかったわたしには、そういうもの(ヴェーダのバイブレーション)を取り込むことで、会得した男性性に内側から支えられたんだと思います。子供という負荷も抱えてたのでスパルタ霊性修行ですよね。

そういうマッスルムキムキになりました。

 

で、ある程度ヴェーダも習って、サイセンターで教えてと言われて教えることも始めたりして、子供と一緒に沖縄などあちこち放浪してたんですが、当時のだんなさんのいる横浜に戻ることになり、彼も仕事もある程度安定してきたようにも思え、

わたしもおとなしくそこで過ごせたら良かったかもしれないけど、そうは問屋がおろさず、

 

天の声は籍を外して長期でインドに来るように再三呼びかけてきて、

無視できなくなって実行しました。

 

そのとき、同時に、アフィリエイト的なこともするように言われてたんですけど、

なんかよくわかんないし、

最初のだんなさんからは毎月決まった額を仕送りしてもらうことになってたので、自分はお金を稼ぐことはどっちかというとしたくなかったです。

 

なので、自分のために新たにインド滞在日記のブログだけ開設して(それまでやってた3つのブログと1つのHPは閉じたと思います)

 

インドではサイババを追っかけることと、さらにヴェーダを学ぶことに集中しました。

 

やはり、お金に関わらないことが清い、お金から超越して距離を置いてることが尊いみたいな感覚はあったと思います。

それは、母がずっと専業主婦で、彼女はいろいろ才能があって資格など(調理師や療術師など)も取りまくってたのに、そして実家の財政は楽ではなかったのに(弟4人中3人が同時期に私大に行った)プライドを持ってお金を稼ごうとしなかった、その母の姿勢や価値観を絶対的に素晴らしいと思いたい、子供の心がわたしにあったのじゃないかなと思います。

言い換えれば、そのときにもまだ母に気に入られたかったというか。

 

それまで、自分の仕事でお金を得たことがなかったわけではなかったです。

絵を描いてたし、時々売れていたので。

 

でも、基本は、誰かに養ってもらって、仕事は完全に道楽として行いたかった。安全地帯の自分を保ちながら、自分の仕事をしたかったというのがあります。

 

お金に関する必死さ、それを目的とする感じを、下品なものとして嫌悪していたのだと思います。

 

ゆったりやってたら収入になっちゃったわー、と、余裕をかますポーズを保ちたかった。

誰かに丸ごと養われて、何も考えず満ち足りた様子で、ゆったり生きていたかった。

 

 

でも、インドに住み始めて数年後に、アフィリエイターの知り合いができて、ネットショップをやるなら手伝うと言われ、

いよいよ逃げられないのだなと覚悟を決めました。

 

それまでに、インドでの子供の学校の件でかなり精神的に追い詰められていて、

もちろん子供にはいい教育を受けさせて、素敵な大人になってほしいという思いがあったんですが、

インドの片田舎で、なんのツテもない財産もない外国人の身分でそれをするのはすごく難しい状況でした。

 

あらゆる手を使って、力のありそうな人々に懇願しに行きまくっても、だめでした。

こうなったら後がない、と、提示された裏の手を使おうとも頑張りましたが、お金と希望を失っただけでした。

 

絶望的で、でも子供のことなので投げ出すわけにもいかず、でも万策尽きてお手上げで、途方にくれた、そういうタイミングで、藁にもすがる思いでインド占星術師のバラティさんの鑑定を受けてみました。

 

自分が勝手にやっていたこととはいえ、英語もろくにできない自分が子供を抱えて過酷なインド暮らしで一人ぼっちで奔走していて(その頃には最初のだんなさんとは音信不通。なんとかコンタクトを取ろうとがんばったら死ねとメールが来て、生きてたと知ってホッとした、みたいな状況で。)、子供を大事に思うのに子供に十分なことができてない自責と焦りの状況で、相当神経が張り詰めていたので、自分のことを話すだけでもうめそめそで。

 

その鑑定の中で、バラティさんが「サイババがあなたと話したがってる」みたいなことを言ったんですね。

私はそれまで直接サイババと喋ったことも触ったこともないまま10年以上経ってて、えー今更そんなことが?と思ってたんですが、

その数日後に偶然な感じで(という形の必然か)、私はサイババと直接言葉を交わし、私も子供もパダナマスカールをすることになりました。

 

それで、バラティさん、すごい、と思ったというのがあります。

 

それと、勧められた土星のプージャをした、その翌日かなんかくらいに、父が演奏依頼を受けて、母を伴ってインドに、プッタパルティに来ることになりました。

インドに子供を連れて住み始めて数年、私が来てほしいといくら望んでも、子供の父親も、自分の両親もいっぺんも会いに来てくれないことにわたしは孤独感を深めていたのですが、(子供の父親も、両親も、それまでにプッタパルティに来たこと有り)このことによって、その孤独感がかなり和らぎました。

 

このことは、プージャの凄さを体感した経験の一つです。

 

なにより、鑑定やプージャによって、私の気持ちがかなり救われました。

 

子供の学校に関する、具体的な状況は変わらなかったのだけど。

 

それは、言ってみれば変えられることと、変えられないことが、あるのだと思います。

その奥には、すべてが変更可能な世界もあるとは思いますが、外側に変えたいことがあるときにはその世界は現れてこないのだと思います。

 

そういうことがあって、バラティさんの鑑定やプージャの良さというのを自分が体感して、人にも勧めるようになったり、そのうち頼まれて鑑定に同伴して通訳らしきことをするようになったりということが続きました。

 

それが、頻度が上がってきて、ちょっと大変だなと思うようになってきて、ボランティアの範疇を超えてきたと感じたので、よく知らない人とかからの希望があれば同伴するけど、お金もとるようにしました。

 

そのころ、バラティさんに、許可を得て、ネットショップも立ち上げてみました。

 

まだそのころは、最初のだんなさんのお金で生活してました。

だから、完全に趣味と知らない世界を覗いてみたいという興味の気分で立ち上げたネットショップでした。

 

でも心配はしていなかったものの(私はお金の心配をするセンサーが壊れてるかもです)ちょうど、最初のだんなさんからの仕送りがなくなるタイミングだったのかもしれません。

 

わたしは完全に養ってもらってる限り、最初のだんなさんとの縁は切れないと思ってて、嫌いで離婚したわけではなかったので、むしろ離婚したくなかったし、最初のだんなさんのプロセスが進んで、一人でくぐり抜ける段階を超えたらまた再開してまたわたしと再婚するんじゃないか、また同じ人と再婚したいと思ってました。

だから離婚したという意識は限りなく薄かったし、あんまり離婚したつもりはなかったです。

 

仕送りしてもらってインドに滞在できることはすごくラッキーだと思ってたし、そのうち、最初のだんなさんもインドに来て合流できると思ってました。

そして、天国のようなプッタパルティでカルマの重さのない神聖な家族関係を体現できたら、日本に戻って、それこそ長野にでも住んで、家族揃ってずっと楽しく暮らせると思っていました。

 

いつものごとく、とてつもなく長くなってきたので 

 

つづく。。。

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8月16日八ヶ岳バジャン会(ホームバジャン)の動画

今日の八ヶ岳バジャン会は大人2人+赤ん坊だったので、外でやってみました。

 

ライブ動画をFBで配信してみました。

見るほうはどうか知りませんけど、配信するほうは、面白い。

よかったらチェックしてみてくださいね!

 

https://www.facebook.com/sawako.furuno.9/videos/vb.100002032803427/1272822466128835/?type=2&theater&notif_t=like&notif_id=1492332474685063

 

 

 

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