2012.08.16 Thursday
動画の説明つけました。
いくつか下の記事でラーメーシュワラムでのプージャの動画をクリックで開くようにして、説明などつけました。
良かったら見てください。
ここにも記事単独のアドレス貼っておきますね。
http://blog.premasai-jyoti.shop-pro.jp/?eid=459964
ここ数日バラティさんは用事でクムバコーナムに行ってます。
14日にはお客さんの個人のためのルッドラホーマムをチダムバラムで行っていたのですが、昨日もトラヨダシの日だったのでチダムバラムでなにかプージャしたようです。
最近、個人へのプージャの処方の中に、今までにも会った惑星のプージャなどに加えて個人用のホーマムの処方が頻繁に出てきてます。
主に、ルッドラホーマムとスダルシャナホーマムです。
その分プージャ費用も上がるんですが。。。
ホーマムとなると小さなものでも5万〜10万近くにはなるので。
なので、それは申し込む人と申し込まない人が半々くらいでしょうか。
私のおおざっぱな印象としては、
全体としてのヤグニャの実行が皆さんご存知のようになかなか難しいので、
それが個人責任に分散されてる感じ?
ちりもつもれば、、、じゃないですけど。
もちろん申し込むかどうかは完全に個人判断ですのでホーマムの処方は自分には必要ないなと思ったら無条件にスルーでOKです。
先日のラーメーシュワラムのプージャのあとに、バラティさんに
ほんとは女神のプージャもあわせてやったほうがいいということを情報としていっておく、みたいなことをいわえたんですが、
あ、話は飛びますが、今目の前に小鳥が来て鳴いてる。(部屋の外で書いてます)
失礼しました。
そう、そう言われたんですが、私としてはあのラーメーシュワラムでのプージャはプログラム中に女神へのプログラムもあって、
それは客観的に見るとまあそこそこ程度だったかもしれないけど、私としてはなんだかすごく良くて、あれで充分だったような気がしました。
翌日には、下の記事の最後の動画にもあるように、
何千人もの赤いサリーを着た女性たちが延々と(ホントに延々と、でした)押し寄せて、圧巻だったんですが、
あれも何か女神へのプージャのためみたいだったので、
あの時私たちは、今までの大規模プージャでは必ずセットで行っていたチャンディホーマム(女神へのプージャ)を初めてしなかったんですが、
そのような形で神によって補われて完成していた感じがします。
それになんと言っても今チャンディホーマムをするほどの予算は手元に集めてないですし。
バラティさんにも「そんな予算無いですから!」と、ビシッと言いました。
後から言われるの好きじゃないので。
ということで、ラーメーシュワラムのプージャはあれはあれですごく良かったと思っています。
皆さんどう感じてるかわからないですが、
私はやっぱり全体としては意識の水位が7月以降さらに急激に下がって、あちこちで問題がおきやすい、分離がおきやすい状態だと思っています。
海の岩場でもそうですけど、引き潮の時には複雑な岩場の地形が出てきて、水が岩で細かく分断されるんですが、満ち潮ですべての岩場が水没すると、水の表面は全部つながってさえぎるものがなくなるんですよね。
私は意識の水位ってそういうイメージがあるんですけど、みなさんはどうですか?
だからなるべく意識の水位を満ちたものにしていろんなものを全部内在化するようにしたら全部自分の中でつながって、さえぎるものがなくなるんですけど、
世界全体としたらそういう意識の水位みたいなものは下がって厳しいですよね?
そう思います。
そういう時は未浄化のカルマとか出易かったりするんじゃないかと思います。
なのであながち悪いばっかりでもなくて、
未浄化のものに向き合って統合していくチャンスでもあるんだと思います。
なんにしろ、人と人のつながりにしてもつながりにくいときじゃないかと思います。
その分自分自身に立ち戻って集中できる時でもあるのかな?
そういう時なので(たぶん)、全体に働きかける大規模プージャなんかには障害が特におきやすいときだったと思います。
全体の流れに反する動きを作る試みなので。
全体は今痛みを通して学ぼうとしてる感じ?
プージャは痛みの無いとこにシフトさせてしまいますから。
でも、それは安楽なだけでよくないということでもなく、自分で苦しみぬいて学ばないといけないものだという風にも私は思っていません。
なぜならシフトすることを自分に許可するにはまず先に手放さない個人性というのがあるので、苦しんで手放すことと同じことなんです。
むしろ与えられた苦しみを通してではない、自主的に手放すある種の勇気や思い切りがより多く、求められる。そのようなより意識的なこと(覚醒した状態)が求められる。
私はそう思います。
なんにしろ、そのような時期に、2日間といえどもラメーシュワラムで中規模?プージャを行えた事は、やるとやらないとでは全然違う、と、動画を見ながら改めて思ったしだいです。
ほんとは次の大規模プージャに資金提供の準備のある方もたくさんいらっしゃることと思いますが、気持ちの上でスタンバッてるかたもいらっしゃると思いますが、
私も号令をかけるのがちょっと疲れたというのもありますし、
身近な人の自分に対する共鳴度ががた落ちなのでダメージ受けてるというのもあって、
今自分自身を調整中です。
身近な人たちが自分に逆らってるとかではないんですが、なんというかバイブレーション的に頼りにならなくなったというか。
チームとして機能しなくなった感じ。
たとえば子供にしても、やっぱ手間がかかるとかいうのはあっても、プッタパルティに子供が家族として普通に生活してくれてるだけで私にプッタパルティのバイブレーションの安定感を数倍にして与えてくれる働きをしてたんですが、
そしてそういうのは強い支えだったんですが、
そういうのがむしろ今は日本の分離的なマトリックスに絡めとられてるので、つながることで逆に私が不安定になる状態で。
私自身、プッタパルティのバイブレーションの安定感があってこそのこのショップなので、じゃないととてもじゃないけどそんなたくさんの人と関わったりできませんし。
そこらへんがいろいろ変化があったので、今は自分の状態をじっくり見て調整中です。
実はラーメーシュワラムのプージャのとき、最後の最後にもがつんとありました。
何がかというと、
すべてのホーマムが終了して、みんなで聖水をラーメーシュワラムのお寺に運び、
神像にアビシェーカムのためにお寺の中心部にいったんですが、
おかし〜な〜???
と思って、
というのは、そのままだったら聖水をすべて中心のシヴァリンガムにかけそうだったので。
私が今回ラーメーシュワラムでしようと思ったのは、
前回、別グループのプージャに参加するために来た時に、
そのグループは同じくアディシャンカラチャリア会館みたいなとこでホーマムをしたんですけど、
自分たち持参のリンガムにアビシェーカムして、終わりだったので、
(それはまた自分たちが持って帰る)
あれ?お寺にはしないの?何のためにここでやってるんだろう?
と、ショックだったからです。
そんで、そのホーマムはジョーティーリンガムというのがインド各地に8個だかあるそうなんですが、
ラーメーシュワラムにその一個があって、彼らはそのためにきてホーマムをしたはずなのに、(インド中のジョーティーリンガムのところでホーマムをするのは生前のサイババの直接の指示だそうです)
ホーマムと寺(リンガム)がリンクしないままに帰ってたように思えたので、
それがすっごく気になって。
で、私はみんなが帰ったあとも1週間ラーメーシュワラムにいて、寺とかぶらぶらしてたんですが、
そしたら寺の中に「ジョーティーリンガム」という表示つきのうらぶれたかんじのシヴァリンガムを見つけたのでさらにショックだったという。
で、プッタに帰ってからバラティさんにそのことを言ったら、それがジョーティーリンガムだとか言うので、
そうなんだったら、自分が個人で簡単にでも滞在中に何かプージャやっとけば良かったなーと思ったのでした。
だから、今回ラーメーシュワラムでプージャができることになったときに、そのジョーティーリンガムにアビシェーカムができるようにということは何度もバラティさんに言ってて、バラティさんはもちろんもちろんとか言ってたんです。
で、最後にホーマムの聖水でそのうらぶれたジョーティーリンガムにアビシェーカムしてプージャできると信じて疑ってなかったのですが、
雰囲気的に、寺のメインのリンガムにアビシェーカムする感じで、それ以外のことはあまりなさそうだったので、
今言わないともしかしたらまたプージャしに来ないといけなくなるかもと思って、
バラティさんに、私が行ってたジョーティーリンガムにもこのあとにアビシェーカムするんですよね?
と言ったら
「は?」
と、新鮮な表情をするので、
完全に脳裏に無いことがわかり、
あ〜やっぱり、、、と思って、私がなんでここでプージャをやろうと思ったかと言うと、あのジョーティーリンガムに誰もプージャして無くてそれがショックだったからで、、すでに話してるから知ってると思うけど、みたいなことを最初っから説明しました。
そしたらここのメインのリンガムが素晴らしいからみたいなことを言うので、
それはわかってるけど、それとこれは話が別で、この後、そっちのジョーティーリンガムにもアシェーカムできるんですか?
私はそのために来たんだから。すでに話してますけど。
とかいっても
バラティさん得意の話しすりかえ戦法の対応が始まったので頭にきて、
もう私たちはメインのリンガムのすぐ近くに数十人のお坊さんたちと一緒に聖水を運んできてて、今黙ってたらそのまま終わらされてしまうので、
お坊さんたちを待たせてバラティさんと話をしました。
話をすると言うかバラティさんはとにかく話をそらせてこの場をやりすごそうとするのがありありだったので、
私もそんなキャラをさらしたくは無いのだけど、自然にバラティさんの逃げ場をふさいだ上で差し込むような話しぶりにならざるを得なくて。
バラティさんに限らずインド人男性は男の沽券に関わることになると全力で話をそらせて逃げようとして、実際逃げます。
私には理解不能。
実はインド人男性って、世界一プライドが高いらしいです。
男性社会でチヤホヤ(無条件にではなく他人と比較した上で)持ち上げられてあえてプライド高く育てられるからじゃないかと思うんですが。
ちなみにそれにはインド人の母親も協力してます。
他の子供たちの中で自分の子供をみんなにわかるように特別扱いすることで自分の子供に「他より自分は優れている」という自覚と自信を与える感じ。
わたしとしてはその点においてはちょー疲れる社会なんですが、それはともかくとして、
明らかにバラティさん私のもともとの希望をまったく考慮してなかったようなので、
寺側に話して検討すらしてなかったというのがまるわかりで。
で、わたしがプージャの最終局面の、寺のメインのシバリンガムへのアビシェーカム直前でそんなことを言い出したもんだから、
とにかくわかったようなことをいろいろ上から目線で言ってわたしを黙らせて煙に巻いて、実力行使でその場をやりすごそうとしてたんですけど、
そうはいかないので、
私も数十人の坊さんたち(頭の上には聖水のツボ)を待たせたままのすごい状況でバラティさんと激しく言い合いというか話し合いをしました。
このタイミングを逃してしまうと後からではどうにもならないので。
私もそんなことしたくなんか無かったんですけど。
で、私が言ってたうらぶれたシヴァリンガムには寺はアビシェーカムを許可したことが無いとかそういうようなことを言ってきたりして、
それもその場でお坊さんたちを交えて議論した結果言われたんですが、
私としては今この瞬間までそのシヴァリンガムへのプージャがまったく検討すらされてなかったことにムカついてて、
なんで今ここで坊さんに聞いてるんだ!というかんじで。
こうなると私は一歩も引かなくなるし、
で、なんだかんだ、アビシェーカム直前にみっともなくも本尊手前で立ち往生してその場で話し合ってるうちにそのうらぶれたシヴァリンガムについての情報が徐々に明らかになってきて、
ジョーティーリンガムと普通言われるものは、本尊のラーマが設置したシヴァリンガムをさすそうで、
ジョーティーリンガムへのアビシェーカムをしたい場合は、その本尊のリンガムへのアビシェーカムをすることでその目的が果たされること、
うらぶれたシヴァリンガムはラーヴァナの弟のビビーシャナが設置したシヴァリンガムで、今まで寺はそのシヴァリンガムへのアビシェーカムは許可した前例が無いこと、
そういう情報がもたらされました。
で、誰にも許可しないとか、本尊のシヴァリンガムは素晴らしいとかそういう話が繰り返され、
頭の上に重いつぼを載せてお坊さんたちを立ち往生させてたので、とりあえず本尊のシヴァリンガムへのアビシェーカムのとこに行ってプージャを始めてもらいました。
しかしそもそも今回ホーマムをラーメーシュワラムで行おうという動機になったのは、その「ジョーティーリンガム」と表示のある、うらぶれたシヴァリンガムの姿だったので、
これは私とそのうらぶれたジョーティーシヴァリンガムとの個人的な約束のようなものだったので、何かはしないと気が収まらなくて、
もうバラティさんは聞く耳持たない風で、本尊へのアビシェーカムに集中してるポーズをとっていましたが、
バラティさんに何か言うときは逆にプライドを逆なでするほうが効果的なのを経験的に知っているので、(必死にいいかっこして大物ぶるので)
本尊へのアビシェーカム中にみんなの前でつついて、この後に、もうひとつのシバリンガムにプージャするんですよね?
と、普通ならありえない態度に出ると、
(一般人もみんな集まってきてアビシェーカムに真剣に参加してる中で私たちは一番前の中心にいてみんなが見てる)
バラティさんは一瞬聞こえない振りしてましたが、反応しないと私がみんなの注目を集めてこの大変な状況の中で黙らないのを知ってるので、
アビシェーカムは寺は誰にも許可しない、というので、じゃあ、花を捧げたりのプージャだけならできますよね?
と聴いたら寺の人とかに聞いて、それなら可能だということで、
(寺も許可しないとこの女大変だと悟ったのかもしれないですが)
衆目の中そのようなやり取りをして、言葉を翻せないようにしてからようやくわたしもメインのシヴァリンガム(ジョーティーリンガム)へのアビシェーカムに集中しました。
で、そのあと、みんなでうらぶれたジョーティーリンガムのところに行って、説明を受けました。
それは石でできてたのですが、
灯りをリンガムの裏にまわすと、石が赤く透けて見えるというちょっと変わったリンガムでした。
普通はこういう風に灯りすら捧げるのを許可しないそうです。
で、お坊さんたちのチャンティングの中、そのうらぶれたシヴァリンガム(ジョーティーリンガム)に、簡単にでしたが花でプージャが行われました。
とにかく自分にできることはやったので気が済みました。
そのシヴァリンガムへの儀?は果たせたような。
急遽そのプージャがアドリブ的に行われたので、そのリンガムの着てた布は薄汚れたままだったので、それも後で新しいものに変えてもらいました。
そんな、土壇場での丁々発止のやり取りがあったのでした。。。
ものすごい疲れました。。。。
バラティさんもさすがに神経疲れたようで、その後しばらく呆然としていました。
しかしあのうらぶれて打ち捨てられたようなジョーティーリンガムがビビーシャナが設置したものだったとは。
ビビーシャナってシータをさらった悪鬼ラーヴァナの弟で、悪魔なんですよね。
しかし浄性の性質を持っていたので、他の兄弟たちがラーマに対して戦いを挑んだことに和合せず、一人でラーマのところにやってきて、ラーマに帰依していて、
ラーマがラーヴァナを殺したあとに、ラーマに命じられてラーヴァな亡きあとのランカ(スリランカ)の王様になって統治したんだったと思います。
自分でもなんであのうらぶれたジョーティーリンガムと個人的な交流が起こったのかわからないですが、
以前見たアガスティアの葉のうちのひとつで、過去生がスリランカの有名ダンス講師というというものがあったんですが、
そういうスリランカ的な何かがわたしにランカ(スリランカ)の王であったビビーシャナと繋がらせたのでしょうか?
ちなみにすでにご存知と思いますが、
今回のプージャの舞台となったラーメーシュワラムは、シータを奪われたラーマがスリランカにシータを取り戻しに行くときに、ハヌマーンたちの手を借りて橋を架けたインド側の場所と言われています。
インドではすごく有名な聖地のうちのひとつです。
多くの伝説となった神のドラマがこの場所のあちこちで繰り広げられました。
そういう場所です。
そういえば余談ですが、
前回お寺のお坊さんにラーメーシュワラムテンプルの中を案内してもらったんですが、(その人今回もいました)
ラーマ(ラーマはクシャトリア)がラーヴァナ(ラーヴァナはブラーミン)殺しの罪を解消するためにシヴァリンガムに礼拝しようとして、
ハヌマーンにシヴァリンガムを持ってくるように言いつけたんですが、
ハヌマーンが帰ってくるのが遅かったので、ハヌマーンが帰ってくる前に砂でつくったシヴァリンガムを作って礼拝しちゃったらしく、
2つのシヴァリンガムをはるかカイラスから持ち帰ってきたハヌマーンがそれを知って怒ったらしいです。
なので、ラーマはではまずこの寺ではハヌマーンのシヴァリンガムにお参りしてから本尊のラーマの設置したリンガムにおまいりするようにと定めて、
ハヌマーンはそれで機嫌を直したとのこと。
で、前回のプージャではハヌマーンの小部屋みたいな場所があって、そこのシヴァリンガムがハヌマーンが持ち帰ったシバリンガムだと説明を受けたんですが、
それはハヌマーン用のシヴァリンガムで、
ハヌマーンが持ち帰ったもうひとつのシバリンガムは別のところにラーマ用として奉られてるのを今回知りました。
ア〜、伝説だらけでややこしい。笑
シヴァがいたらたいがいパールバティもいるのですが、
このお寺にもパールバティもいて、前回もそうだったのですが、今回も、ここのパールバティには何か深い感情が動かされる感じでグッときて泣けました。
きっと何か魂の記憶のようなものあるんだろうけどよくわかりません。
まあ、ラーメーシュワラムは22個の井戸が寺の中にあって、
その水をかぶることは魂の浄化のためにいいとされてるそうなんですが、(アートマシュッディ)
それは楽しいです。笑
200ルピーくらいだったか払って、水汲む専門の人をつけてもらって回ったほうが楽。
それぞれの井戸の水も飲めとかいわれて、一応飲みましたが、それぞれ微妙に味が違っておいしかったです。
寺の中に着替えるところがあるので、22個の井戸を回った後は着替えて乾いた服になってから本尊のシヴァリンガムにお参りします。
(じゃないとお参りさせてくれない)
寺に行く前にはみんなまず海で沐浴してから行くのが順序みたいです。
海から寺は徒歩5〜10分なので濡れた服のまま行って、井戸の水もそのままかけてもらって問題なし。
ここの寺はたくさんの柱の美しい回廊でも有名です。
海辺の町なので海辺の町特有の開放的なムードがあって、のんびりしたかんじでもあって、雰囲気は良かったです。
そんなところかな。
ようやくラーメーシュワラムでのプージャの記事が終わった。。
ラーメーシュワラムへはマドゥライからでもトリッチ(トリチラパッリ)からでもタクシーで4時間くらいと思います。(ルートは別)
チェンナイからは直通の列車が出てます。
南インド各地からのバスもあると思います。
そーんなかんじ。
良かったら見てください。
ここにも記事単独のアドレス貼っておきますね。
http://blog.premasai-jyoti.shop-pro.jp/?eid=459964
ここ数日バラティさんは用事でクムバコーナムに行ってます。
14日にはお客さんの個人のためのルッドラホーマムをチダムバラムで行っていたのですが、昨日もトラヨダシの日だったのでチダムバラムでなにかプージャしたようです。
最近、個人へのプージャの処方の中に、今までにも会った惑星のプージャなどに加えて個人用のホーマムの処方が頻繁に出てきてます。
主に、ルッドラホーマムとスダルシャナホーマムです。
その分プージャ費用も上がるんですが。。。
ホーマムとなると小さなものでも5万〜10万近くにはなるので。
なので、それは申し込む人と申し込まない人が半々くらいでしょうか。
私のおおざっぱな印象としては、
全体としてのヤグニャの実行が皆さんご存知のようになかなか難しいので、
それが個人責任に分散されてる感じ?
ちりもつもれば、、、じゃないですけど。
もちろん申し込むかどうかは完全に個人判断ですのでホーマムの処方は自分には必要ないなと思ったら無条件にスルーでOKです。
先日のラーメーシュワラムのプージャのあとに、バラティさんに
ほんとは女神のプージャもあわせてやったほうがいいということを情報としていっておく、みたいなことをいわえたんですが、
あ、話は飛びますが、今目の前に小鳥が来て鳴いてる。(部屋の外で書いてます)
失礼しました。
そう、そう言われたんですが、私としてはあのラーメーシュワラムでのプージャはプログラム中に女神へのプログラムもあって、
それは客観的に見るとまあそこそこ程度だったかもしれないけど、私としてはなんだかすごく良くて、あれで充分だったような気がしました。
翌日には、下の記事の最後の動画にもあるように、
何千人もの赤いサリーを着た女性たちが延々と(ホントに延々と、でした)押し寄せて、圧巻だったんですが、
あれも何か女神へのプージャのためみたいだったので、
あの時私たちは、今までの大規模プージャでは必ずセットで行っていたチャンディホーマム(女神へのプージャ)を初めてしなかったんですが、
そのような形で神によって補われて完成していた感じがします。
それになんと言っても今チャンディホーマムをするほどの予算は手元に集めてないですし。
バラティさんにも「そんな予算無いですから!」と、ビシッと言いました。
後から言われるの好きじゃないので。
ということで、ラーメーシュワラムのプージャはあれはあれですごく良かったと思っています。
皆さんどう感じてるかわからないですが、
私はやっぱり全体としては意識の水位が7月以降さらに急激に下がって、あちこちで問題がおきやすい、分離がおきやすい状態だと思っています。
海の岩場でもそうですけど、引き潮の時には複雑な岩場の地形が出てきて、水が岩で細かく分断されるんですが、満ち潮ですべての岩場が水没すると、水の表面は全部つながってさえぎるものがなくなるんですよね。
私は意識の水位ってそういうイメージがあるんですけど、みなさんはどうですか?
だからなるべく意識の水位を満ちたものにしていろんなものを全部内在化するようにしたら全部自分の中でつながって、さえぎるものがなくなるんですけど、
世界全体としたらそういう意識の水位みたいなものは下がって厳しいですよね?
そう思います。
そういう時は未浄化のカルマとか出易かったりするんじゃないかと思います。
なのであながち悪いばっかりでもなくて、
未浄化のものに向き合って統合していくチャンスでもあるんだと思います。
なんにしろ、人と人のつながりにしてもつながりにくいときじゃないかと思います。
その分自分自身に立ち戻って集中できる時でもあるのかな?
そういう時なので(たぶん)、全体に働きかける大規模プージャなんかには障害が特におきやすいときだったと思います。
全体の流れに反する動きを作る試みなので。
全体は今痛みを通して学ぼうとしてる感じ?
プージャは痛みの無いとこにシフトさせてしまいますから。
でも、それは安楽なだけでよくないということでもなく、自分で苦しみぬいて学ばないといけないものだという風にも私は思っていません。
なぜならシフトすることを自分に許可するにはまず先に手放さない個人性というのがあるので、苦しんで手放すことと同じことなんです。
むしろ与えられた苦しみを通してではない、自主的に手放すある種の勇気や思い切りがより多く、求められる。そのようなより意識的なこと(覚醒した状態)が求められる。
私はそう思います。
なんにしろ、そのような時期に、2日間といえどもラメーシュワラムで中規模?プージャを行えた事は、やるとやらないとでは全然違う、と、動画を見ながら改めて思ったしだいです。
ほんとは次の大規模プージャに資金提供の準備のある方もたくさんいらっしゃることと思いますが、気持ちの上でスタンバッてるかたもいらっしゃると思いますが、
私も号令をかけるのがちょっと疲れたというのもありますし、
身近な人の自分に対する共鳴度ががた落ちなのでダメージ受けてるというのもあって、
今自分自身を調整中です。
身近な人たちが自分に逆らってるとかではないんですが、なんというかバイブレーション的に頼りにならなくなったというか。
チームとして機能しなくなった感じ。
たとえば子供にしても、やっぱ手間がかかるとかいうのはあっても、プッタパルティに子供が家族として普通に生活してくれてるだけで私にプッタパルティのバイブレーションの安定感を数倍にして与えてくれる働きをしてたんですが、
そしてそういうのは強い支えだったんですが、
そういうのがむしろ今は日本の分離的なマトリックスに絡めとられてるので、つながることで逆に私が不安定になる状態で。
私自身、プッタパルティのバイブレーションの安定感があってこそのこのショップなので、じゃないととてもじゃないけどそんなたくさんの人と関わったりできませんし。
そこらへんがいろいろ変化があったので、今は自分の状態をじっくり見て調整中です。
実はラーメーシュワラムのプージャのとき、最後の最後にもがつんとありました。
何がかというと、
すべてのホーマムが終了して、みんなで聖水をラーメーシュワラムのお寺に運び、
神像にアビシェーカムのためにお寺の中心部にいったんですが、
おかし〜な〜???
と思って、
というのは、そのままだったら聖水をすべて中心のシヴァリンガムにかけそうだったので。
私が今回ラーメーシュワラムでしようと思ったのは、
前回、別グループのプージャに参加するために来た時に、
そのグループは同じくアディシャンカラチャリア会館みたいなとこでホーマムをしたんですけど、
自分たち持参のリンガムにアビシェーカムして、終わりだったので、
(それはまた自分たちが持って帰る)
あれ?お寺にはしないの?何のためにここでやってるんだろう?
と、ショックだったからです。
そんで、そのホーマムはジョーティーリンガムというのがインド各地に8個だかあるそうなんですが、
ラーメーシュワラムにその一個があって、彼らはそのためにきてホーマムをしたはずなのに、(インド中のジョーティーリンガムのところでホーマムをするのは生前のサイババの直接の指示だそうです)
ホーマムと寺(リンガム)がリンクしないままに帰ってたように思えたので、
それがすっごく気になって。
で、私はみんなが帰ったあとも1週間ラーメーシュワラムにいて、寺とかぶらぶらしてたんですが、
そしたら寺の中に「ジョーティーリンガム」という表示つきのうらぶれたかんじのシヴァリンガムを見つけたのでさらにショックだったという。
で、プッタに帰ってからバラティさんにそのことを言ったら、それがジョーティーリンガムだとか言うので、
そうなんだったら、自分が個人で簡単にでも滞在中に何かプージャやっとけば良かったなーと思ったのでした。
だから、今回ラーメーシュワラムでプージャができることになったときに、そのジョーティーリンガムにアビシェーカムができるようにということは何度もバラティさんに言ってて、バラティさんはもちろんもちろんとか言ってたんです。
で、最後にホーマムの聖水でそのうらぶれたジョーティーリンガムにアビシェーカムしてプージャできると信じて疑ってなかったのですが、
雰囲気的に、寺のメインのリンガムにアビシェーカムする感じで、それ以外のことはあまりなさそうだったので、
今言わないともしかしたらまたプージャしに来ないといけなくなるかもと思って、
バラティさんに、私が行ってたジョーティーリンガムにもこのあとにアビシェーカムするんですよね?
と言ったら
「は?」
と、新鮮な表情をするので、
完全に脳裏に無いことがわかり、
あ〜やっぱり、、、と思って、私がなんでここでプージャをやろうと思ったかと言うと、あのジョーティーリンガムに誰もプージャして無くてそれがショックだったからで、、すでに話してるから知ってると思うけど、みたいなことを最初っから説明しました。
そしたらここのメインのリンガムが素晴らしいからみたいなことを言うので、
それはわかってるけど、それとこれは話が別で、この後、そっちのジョーティーリンガムにもアシェーカムできるんですか?
私はそのために来たんだから。すでに話してますけど。
とかいっても
バラティさん得意の話しすりかえ戦法の対応が始まったので頭にきて、
もう私たちはメインのリンガムのすぐ近くに数十人のお坊さんたちと一緒に聖水を運んできてて、今黙ってたらそのまま終わらされてしまうので、
お坊さんたちを待たせてバラティさんと話をしました。
話をすると言うかバラティさんはとにかく話をそらせてこの場をやりすごそうとするのがありありだったので、
私もそんなキャラをさらしたくは無いのだけど、自然にバラティさんの逃げ場をふさいだ上で差し込むような話しぶりにならざるを得なくて。
バラティさんに限らずインド人男性は男の沽券に関わることになると全力で話をそらせて逃げようとして、実際逃げます。
私には理解不能。
実はインド人男性って、世界一プライドが高いらしいです。
男性社会でチヤホヤ(無条件にではなく他人と比較した上で)持ち上げられてあえてプライド高く育てられるからじゃないかと思うんですが。
ちなみにそれにはインド人の母親も協力してます。
他の子供たちの中で自分の子供をみんなにわかるように特別扱いすることで自分の子供に「他より自分は優れている」という自覚と自信を与える感じ。
わたしとしてはその点においてはちょー疲れる社会なんですが、それはともかくとして、
明らかにバラティさん私のもともとの希望をまったく考慮してなかったようなので、
寺側に話して検討すらしてなかったというのがまるわかりで。
で、わたしがプージャの最終局面の、寺のメインのシバリンガムへのアビシェーカム直前でそんなことを言い出したもんだから、
とにかくわかったようなことをいろいろ上から目線で言ってわたしを黙らせて煙に巻いて、実力行使でその場をやりすごそうとしてたんですけど、
そうはいかないので、
私も数十人の坊さんたち(頭の上には聖水のツボ)を待たせたままのすごい状況でバラティさんと激しく言い合いというか話し合いをしました。
このタイミングを逃してしまうと後からではどうにもならないので。
私もそんなことしたくなんか無かったんですけど。
で、私が言ってたうらぶれたシヴァリンガムには寺はアビシェーカムを許可したことが無いとかそういうようなことを言ってきたりして、
それもその場でお坊さんたちを交えて議論した結果言われたんですが、
私としては今この瞬間までそのシヴァリンガムへのプージャがまったく検討すらされてなかったことにムカついてて、
なんで今ここで坊さんに聞いてるんだ!というかんじで。
こうなると私は一歩も引かなくなるし、
で、なんだかんだ、アビシェーカム直前にみっともなくも本尊手前で立ち往生してその場で話し合ってるうちにそのうらぶれたシヴァリンガムについての情報が徐々に明らかになってきて、
ジョーティーリンガムと普通言われるものは、本尊のラーマが設置したシヴァリンガムをさすそうで、
ジョーティーリンガムへのアビシェーカムをしたい場合は、その本尊のリンガムへのアビシェーカムをすることでその目的が果たされること、
うらぶれたシヴァリンガムはラーヴァナの弟のビビーシャナが設置したシヴァリンガムで、今まで寺はそのシヴァリンガムへのアビシェーカムは許可した前例が無いこと、
そういう情報がもたらされました。
で、誰にも許可しないとか、本尊のシヴァリンガムは素晴らしいとかそういう話が繰り返され、
頭の上に重いつぼを載せてお坊さんたちを立ち往生させてたので、とりあえず本尊のシヴァリンガムへのアビシェーカムのとこに行ってプージャを始めてもらいました。
しかしそもそも今回ホーマムをラーメーシュワラムで行おうという動機になったのは、その「ジョーティーリンガム」と表示のある、うらぶれたシヴァリンガムの姿だったので、
これは私とそのうらぶれたジョーティーシヴァリンガムとの個人的な約束のようなものだったので、何かはしないと気が収まらなくて、
もうバラティさんは聞く耳持たない風で、本尊へのアビシェーカムに集中してるポーズをとっていましたが、
バラティさんに何か言うときは逆にプライドを逆なでするほうが効果的なのを経験的に知っているので、(必死にいいかっこして大物ぶるので)
本尊へのアビシェーカム中にみんなの前でつついて、この後に、もうひとつのシバリンガムにプージャするんですよね?
と、普通ならありえない態度に出ると、
(一般人もみんな集まってきてアビシェーカムに真剣に参加してる中で私たちは一番前の中心にいてみんなが見てる)
バラティさんは一瞬聞こえない振りしてましたが、反応しないと私がみんなの注目を集めてこの大変な状況の中で黙らないのを知ってるので、
アビシェーカムは寺は誰にも許可しない、というので、じゃあ、花を捧げたりのプージャだけならできますよね?
と聴いたら寺の人とかに聞いて、それなら可能だということで、
(寺も許可しないとこの女大変だと悟ったのかもしれないですが)
衆目の中そのようなやり取りをして、言葉を翻せないようにしてからようやくわたしもメインのシヴァリンガム(ジョーティーリンガム)へのアビシェーカムに集中しました。
で、そのあと、みんなでうらぶれたジョーティーリンガムのところに行って、説明を受けました。
それは石でできてたのですが、
灯りをリンガムの裏にまわすと、石が赤く透けて見えるというちょっと変わったリンガムでした。
普通はこういう風に灯りすら捧げるのを許可しないそうです。
で、お坊さんたちのチャンティングの中、そのうらぶれたシヴァリンガム(ジョーティーリンガム)に、簡単にでしたが花でプージャが行われました。
とにかく自分にできることはやったので気が済みました。
そのシヴァリンガムへの儀?は果たせたような。
急遽そのプージャがアドリブ的に行われたので、そのリンガムの着てた布は薄汚れたままだったので、それも後で新しいものに変えてもらいました。
そんな、土壇場での丁々発止のやり取りがあったのでした。。。
ものすごい疲れました。。。。
バラティさんもさすがに神経疲れたようで、その後しばらく呆然としていました。
しかしあのうらぶれて打ち捨てられたようなジョーティーリンガムがビビーシャナが設置したものだったとは。
ビビーシャナってシータをさらった悪鬼ラーヴァナの弟で、悪魔なんですよね。
しかし浄性の性質を持っていたので、他の兄弟たちがラーマに対して戦いを挑んだことに和合せず、一人でラーマのところにやってきて、ラーマに帰依していて、
ラーマがラーヴァナを殺したあとに、ラーマに命じられてラーヴァな亡きあとのランカ(スリランカ)の王様になって統治したんだったと思います。
自分でもなんであのうらぶれたジョーティーリンガムと個人的な交流が起こったのかわからないですが、
以前見たアガスティアの葉のうちのひとつで、過去生がスリランカの有名ダンス講師というというものがあったんですが、
そういうスリランカ的な何かがわたしにランカ(スリランカ)の王であったビビーシャナと繋がらせたのでしょうか?
ちなみにすでにご存知と思いますが、
今回のプージャの舞台となったラーメーシュワラムは、シータを奪われたラーマがスリランカにシータを取り戻しに行くときに、ハヌマーンたちの手を借りて橋を架けたインド側の場所と言われています。
インドではすごく有名な聖地のうちのひとつです。
多くの伝説となった神のドラマがこの場所のあちこちで繰り広げられました。
そういう場所です。
そういえば余談ですが、
前回お寺のお坊さんにラーメーシュワラムテンプルの中を案内してもらったんですが、(その人今回もいました)
ラーマ(ラーマはクシャトリア)がラーヴァナ(ラーヴァナはブラーミン)殺しの罪を解消するためにシヴァリンガムに礼拝しようとして、
ハヌマーンにシヴァリンガムを持ってくるように言いつけたんですが、
ハヌマーンが帰ってくるのが遅かったので、ハヌマーンが帰ってくる前に砂でつくったシヴァリンガムを作って礼拝しちゃったらしく、
2つのシヴァリンガムをはるかカイラスから持ち帰ってきたハヌマーンがそれを知って怒ったらしいです。
なので、ラーマはではまずこの寺ではハヌマーンのシヴァリンガムにお参りしてから本尊のラーマの設置したリンガムにおまいりするようにと定めて、
ハヌマーンはそれで機嫌を直したとのこと。
で、前回のプージャではハヌマーンの小部屋みたいな場所があって、そこのシヴァリンガムがハヌマーンが持ち帰ったシバリンガムだと説明を受けたんですが、
それはハヌマーン用のシヴァリンガムで、
ハヌマーンが持ち帰ったもうひとつのシバリンガムは別のところにラーマ用として奉られてるのを今回知りました。
ア〜、伝説だらけでややこしい。笑
シヴァがいたらたいがいパールバティもいるのですが、
このお寺にもパールバティもいて、前回もそうだったのですが、今回も、ここのパールバティには何か深い感情が動かされる感じでグッときて泣けました。
きっと何か魂の記憶のようなものあるんだろうけどよくわかりません。
まあ、ラーメーシュワラムは22個の井戸が寺の中にあって、
その水をかぶることは魂の浄化のためにいいとされてるそうなんですが、(アートマシュッディ)
それは楽しいです。笑
200ルピーくらいだったか払って、水汲む専門の人をつけてもらって回ったほうが楽。
それぞれの井戸の水も飲めとかいわれて、一応飲みましたが、それぞれ微妙に味が違っておいしかったです。
寺の中に着替えるところがあるので、22個の井戸を回った後は着替えて乾いた服になってから本尊のシヴァリンガムにお参りします。
(じゃないとお参りさせてくれない)
寺に行く前にはみんなまず海で沐浴してから行くのが順序みたいです。
海から寺は徒歩5〜10分なので濡れた服のまま行って、井戸の水もそのままかけてもらって問題なし。
ここの寺はたくさんの柱の美しい回廊でも有名です。
海辺の町なので海辺の町特有の開放的なムードがあって、のんびりしたかんじでもあって、雰囲気は良かったです。
そんなところかな。
ようやくラーメーシュワラムでのプージャの記事が終わった。。
ラーメーシュワラムへはマドゥライからでもトリッチ(トリチラパッリ)からでもタクシーで4時間くらいと思います。(ルートは別)
チェンナイからは直通の列車が出てます。
南インド各地からのバスもあると思います。
そーんなかんじ。