3月1日から行われているアティルッドラマハヤグニャ

3月1日からホワイトフィールドで行われているアティルッドラマハヤグニャの様子がここでライブで見れるようです。

http://media.radiosai.org/journals/vol_13/01MAR15/ati-rudra-maha-yagnam-at-brindavan-ashram-2015.htm

ほんと、便利な世の中になったものですね。


ちなみにこれは2006年、まだババが生きてた頃のアティルッドラマハヤグニャの様子です。




久々に濃い空気を感じて、「うっ」ってなりました。笑
軟弱になってる。


昨日まで御嶽山の近くの温泉宿にいました。

車移動など結構疲れるので
ちょっと休憩。。。

お問い合わせなどは明日以降に順に対応させてくださいませ。

3月のホワイトフィールドでのアティルッドラマハヤグニャと、5月のアティルッドラマハヤグニャ

聞いた話によると、3月1日からホワイトフィールドでティルッドラマハヤグニャが行われるそうですね!
う〜ん、行きた〜い。

2015年はまたまた色々ひっくり返りそうな年ということで、アティルッドラやってくれるんですね。ありがたい。

以前は2006年の7月くらいと2007年1月くらいにそれぞれプッタとチェンナイで行われたんですよね。

あのころも、2007年がかなり壊滅的にヤバい、破滅の年になるという予測、預言がいっぱいあって、だからあのタイミングで行われたんだと思います。


2015年も、そうとうなもんなんですよ?笑?

だから3月に行ってくれるんだと思います。
ほんとありがたい。

ゲリーの噂では4月12日頃になんかどかんと来る可能性も高いと言うし。

この、アティルッドラはとにかく自然災害を始め色んなことに対して強力な効果があるのでずいぶん緩和されると思います。

それでも本来の苛烈な2015年のポテンシャルは消えてしまいはしないと思うので、
私たちも計画して、資金サポートの窓口は開けておきます。


私たちは5月に予定してます。

強力なスポンサーが今の時点では現れていないのですが、集まった予算で出来るだけのことは行おうと思います。

日本で実行できたらいいなと、もう何年越しにも思っているのですが、インドで行うのが手っ取り早くて確実なので、5月はとりあえずインドでの実行を目標に。
それでも少なくとも2000万以上は予算を見ていた方がいいと思います。


大口の資金提供お待ちしていますハート


そしてそんなに大口でないサポートも大歓迎です。
ただし、細かすぎるお金がいっぱい来ても、対応だけでわたしが疲れてしまうので、ある程度の額でお願いします。


今回は21000円以上のご入金でお名前の読み上げを保証させていただこうと思います。

よろしくお願いいたします。



お申し込み、賛同金の提供はこちらから

http://premasai-jyoti.shop-pro.jp/?pid=42076183


※数百万〜一千万以上の大口資金提供をしていただける場合は、その大部分を数年前にバラティさんとインドで設立した機関に直接寄付の形で送金という形をとらせてもらうことになると思います。

これは大規模プージャの資金の受け皿として、また、さまざまな慈善的な活動を行いやすくするために設立したものです。
その内容は世界の調和の状態を促進するためのインドや世界各国でのプージャやヤグニャの実施、プージャの精神の一環として、貧しい人々や子供たちへの様々な形でのサポートなど色々な活動を網羅して申請してあります。


枠を外れること、開放、軽やかさ

あと1週間でロシアのアティルッドラなんですが、
バンガロールからの人たちと一緒に行こうと思ってるんですが、

どの便かなと思って電話して聞いたら、まだ明日にならないとビザ下りるかどうか分からないので明日以降に乗る便も確定するとのこと。

お坊さんたち、まだビザとってないんだ〜。。。


私もまだですが。


まだ、ロシアからの招待状(ビザ申請のために必要)を待ってる段階です。

お坊さんたちよりもさらに遅れてるという。


なんというか、この世界って大変。。。


行きたいときに行きたいとこには行けないようになってるという。


シンジラレナイ。


これがこの世界の現状。


でも世界の現状に合わせるんじゃなくて、いい風にどんどん変えていけるはずですよね。


変わっていった後の世界に生きてたら、世界のほうが「あれ?そうなん?」て、こっちに合わせてくるから。


でもきっとそのためにはいったん現状を体感する必要もあるのかもしれないなと思ったりもしますけど。

しなくていいのかな。



今、知人が送ってくれたアマチの本読んでますが、

アマチの話はなんかすごく親和性があって、入って来やすいです。



そうだ、忘れないうちにいっておきますが、
だいぶお待たせしてたのですが、ブラックインクとお守りの注文をされた方、、数日前にようやくそれぞれの方へ発送しましたので、1週間くらいで届くと思います。

お待たせして申し訳ありませんでした。


。。。。。。。
話は戻って、本の中に、

サンカルパが機能するためには、みなさまの祈りと善行為が不可欠です。
それがなければ、たとえアンマがどんなにその人たちのことを思って解決に心を注いでも、問題は解決しません。
それはテレビの視聴とよく似ています。
テレビ局はいろいろな番組を放送していますが、チャンネルを合わせなければ見たい番組を見ることができません。
同様に、願い事をかなえるためには、神の世界に心をチューニングしなければならないのです。

         「人生を祝祭に変える法」p35


とありました。

そう、世の中全部チューニングなのかなと思ったりもしますよね。

どこに合わせるかで見る番組が変わってくるという。

あれ?これって誰かも同じようなこといってたような。。。

ありがとう村のありがとうおじさんかな。



サイババ番組ってどうなんでしょうね。
伝統的な風に見せかけて、内実はけっこうアバンギャルド(前衛的・前衛芸術)な気がする今日この頃。

だから常にきつい場合も多いのかも。


私は現代美術の授業をとりたくて大学の卒業を少し遅らせたんですが、
授業でそういう作品を創って提出したりとかもあって、

だいたいなんか深遠な意味があるようなないような意味を持たせつつ、
ビジュアル的にも面白く、みたいな感じでしたけど、


私はものを燃やすの好きだったので、
いろんな日常のものを燃やして、その燃えて変化していく過程を写真にとって記録して、

そんでその灰をあつめて箱詰めして写真も適当に使ったりして、
灰の中に点滅する赤い豆球を仕込んで、残り火みたいなかんじにしたのを作って、テーマ「記憶」みたいなかんじで提出しました。

なんか今と同じようなことやってる気が。笑


で、なんでその現代美術の授業がとりたかったかと言うと、

基本日本画専攻だったんですが、
日本画はすごく計画的に描く絵で、何度も小さいのから大きいのまで下絵をいくつも描いて、推敲して、実際に描くときにはもう最初の感動とかなくなってる感じがして、

それでもデザイン的に描くこととか、
日本画の絵の具の美しさとか(天然ものは、ひすいとか、サンゴの粉末とか使ったり、してすごく見てるだけで幸せな気分に)そういうみやびな空気がすごく好きだったんですが、

それに画面に絵の具を載せるまでにもかなり準備が必要で。
にかわを溶かしたり、白の色を作るまでに胡粉(貝殻原料)を団子にして何度も練ったりたたきつけたり。。。

まるでお茶を飲むまでに数々のプロセスを通るお手前のようで、

もっとなんか生な感じで今生きてるような絵がいいと思って、


それで、現代美術に興味を持って、現役のわりと名のとおってる、日本の現代美術のムーブメントの立役者にもなったような現代美術家の先生の授業をとってみたんですが、

その先生の自分自身に対してまともに向き合ってるような、気合の入った存在感は勉強になりました。

で、授業も面白かったし、その先生のやってること(美術制度の外に出るようなこと)も面白いと思いました。


で、もう一人現代美術の先生がいて、その先生の授業もとってたんだと思いますけど、

その頃は私は自分の感じてるものが美術を通してだったらいくら美術の枠を出るようなものを目指しても、結局美術の枠を前提にしてるということだから、
意味ないとか思って、

美術むり。

とか思って、

なんか、作品がどうのとかじゃなくて、人生そのもの、生きることそのものが美術作品となるような生き方をしたいとか言っちゃったような気がします。


おーおーゆったな、って感じですが、

そういう相反する方向性が常に自分の中にはあって、
昔からずっと願っていた、普通に周囲と混じって楽しく暮らしていたい、
というのと、
常に枠から出て前衛的でいたいというのが。


どっちも自分には切実に必要だったので、
その結果、日本を出てインドで普通に暮らすことがひとつの結論だったんじゃないかと思います。笑

ただ、ほんとにインドで普通におだやかに家庭的に、かつ軽く自由に暮らしたいと願っていたのだけど、だから自分の中では家族とともにいるということはすごく重要なはずせないポイントだったんだけど、

惜しかったねって感じですか。


不本意な束縛のない軽やかな新鮮さと、日常のやすらぎが同時に存在してる状態をわたしは希求してきたんだと思います。


大体の方向性はあってるのかな。



つまりは、どこにいても日常が天界状態、
アマチの本のタイトルを借りると、人生を祝祭に変える法をいつもさぐっていたんだと思います。


そしてそれは1995年に来てみたら、サイババアシュラムではすでに現実に実現されていたので、
とりあえずここに来てみたと言う。

だからこういう開放的でしかも一体感の在る空気を日本に持っていけたらなあとずっと思っていました。

そしたら私も日本に住めるのにとかも思いました。




世界も開放的で一体感の在る軽い空気が現実にも世界全体に出現したらいいですよね。

少し前に載せた世界中の人のダンスのように。


それはきっと計画としてあるんだろうと思いますが、そしてその世界ではすでに実現してるんだと思いますが、

それを実際この世界でも出現させるプロセスに関わるという演劇に少しでも関わって、それを楽しめたらいいなと思います。

チェンナイからの連絡



さっき、チェンナイの責任者の人から電話がかかってきました。

今後のインドでのホーマムの予定とか知らせてくれました。



あと、ロシアのヤグニャの話とか、日本のヤグニャの進行状況とか話しました。

ナンジュンダッパさんから大体聞いてたみたいで。

で、ロシアのヤグニャへの参加の形について話したり。


もし日本で8月にするんだったら8月のロシアのプログラムに日程を変えることとか。

そういうことを向うから話してきました。




ロシアのやグニャにはボランティアとして参加するかもしれません。
(役に立ちそうにはないけど)


しかし、電話ではなぜかすごく聞き取りにくくて。

チェンナイに行って直接聞いてこようかな。。。



しかし久しぶりに話ができてなんとなくホッとしました。

南アフリカのアティルッドラマハヤグニャ

南アフリカの人たちも今年アティルッドラマハヤグニャをすることに興味を示しているそうです。

とくにDurban(ダーバン)海辺のエリア。

今年、そこらへんが特に何か災害を受けやすいそうなので、そのエリアの人々はヤグニャを行いたいと考えているようです。


南アフリカはビザはそれほど難しくないそうです。



世界各地でアティルッドラマハヤグニャが行われ続けたら、そりゃあ、すごい効果があるだろうなと思います。


いろんな場所でやってくれたらもちろん回りまわって日本へのサポートにもなるはずですから、ありがたいですよね。
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