今週天狼院書店のライティング・ゼミに掲載された記事です。

今週天狼院書店のライティング・ゼミに掲載された記事です。

http://tenro-in.com/mediagp/26027

「断固要求する!ギャラン反射 〜知っててよかった原始反射〜」
 

 


赤ちゃん特有の原始反射について書きました。




先週長々と書いてボツったので多少やる気なくして適当に書いたら採用でした。

あるあるですね。
 

JUGEMテーマ:つぶやき。

6本指の犬は神なのか?

天狼院書店のライティングゼミの課題提出で、また天狼院サイトへの掲載許可が出ました。

今回のはこちらで読めます

↓↓↓

http://tenro-in.com/mediagp/25403

 

天狼院店主の三浦さんの講評です。

    ↓↓↓

「Matsuoka Furuno Sawakoさん、とても面白かったです!重い題材ではありましたが、破綻なく、まとめられていたと思います。もしかして、小説のほうに、可能性があるかもしれません」

 

 

タイトルは「6本指の犬は神なのか?」

今回は昔拾った犬(後ろ足が6本指でした)と、結婚前に付き合ってた暴力彼氏を並行して書いてみました(ていうか、書いてるうちにそうなった)

 

よかったら読んでみてください💓

 

今日から掲載記事の1週間のアクセス数を競うことにもなってるので、リンクやシェアも大歓迎です🌟

 

おかげさまで先週の自力出産ネタの掲載文は、初登場ながらライティング講座の受講者の中では6位だったみたいです。

(未掲載を含め、多分150〜180名くらいが受講中?)

 

これは自分的には快挙です。わーい

お時間を取って読んでくださった皆さんありがとうございます!

 

 

 

ちなみに調べてみたら、6本指の犬って

 

プリミティブドッグと言って、古代犬の血が濃いほど

狼爪(6本目の指)が残っている事が多いそうです。

 

勉強になりました〜

 

 

ちなみにちなみにこの暴力彼氏には「サイババはインチキって言え」と、よく殴られてたんですよねー。

自分の経験から、インチキとは言えないので言いませんでしたが、

(ちょっとくらいはインチキしたかもしれないけどw、サイババは基本、超絶の人です。)

後から「本当はサイババに会いに行きたかった」とか言われ、

「さっさと言えよ!」(n´Д`)と思いましたとさ。

天狼院のサイトに掲載されました。

天狼院のライティングゼミに参加してます。


一定の基準を満たせば天狼院のサイトに掲載されてアクセス数を競うそうです。
今回は自分の妊娠&自力出産ネタで天狼院サイトに掲載されました。
↓↓↓↓↓

「0,0001%以下の必然」

⇧⇧⇧
クリックしてね💓




天狼院店主の三浦さんのフィードバック
↓↓↓↓↓
Matsuoka Furuno Sawakoさん、とても面白かったです!すごい体験で、ただ、圧倒されるばかりです。しっかりと文章もかけていますし、ABCユニットも機能していると思います。Web天狼院書店にアップしますね。




シェア歓迎です💓

JUGEMテーマ:ニュース

 

 

UAの八ヶ岳ライブでした。

今日は楽しみにしていたUAの八ヶ岳ライブでした。

 

 

 

だんなさんと、息子1&2とわたしとで参加。

 

完全自由席のこのライブ

 

 

午後1時半スタートですけど、朝9時すぎくらいに行こうかなと思って8時半に目覚ましをかけました。

 

ちなみに自宅から今回の会場の八ヶ岳自然文化園までは車で20分ほどです。

 

 

結局11時くらいに家を出ました。

 

遅くなったけど、ま、いいやと思って会場に着いたら整理券はすでに配り終わったということで、

一般の開場の12時半前に普通に並ぶことにしました。


 

それまで息子1はポケモンGO。

 

息子1が持ってるタブレットはWiFi接続でしかネットに繋がれないので、

今までは家にいながらずっとポケモンGOをしてました。

 

家にいても雑魚のポケモンが向こうから勝手にやって来るそうです。
 

完全にポケモンCOMEです。

 

なので彼は今日はじめての戸外でのポケモン「GO」にすげーすげーと興奮していました。

 

 

12時半に4人で会場に入り、どこの席がいいのかな〜と見渡すと、

いわゆるステージ前のアリーナ席にまだ十分座れるスペースが空いていました。

 

でもその時点ですでに暑かったので、

樹木でぎりぎり日陰になりそうな中程にレジャーシートを敷いて座りました。

 

赤ちゃん(息子2)がいますのでね。

 

息子1は中学のテニス部ですでに真っ黒けですけどそれでも暑そうにしてました。

(黒いのと暑いのはあまり関係ないですか。。)
 

 

 

 

 

そして会場の子供率の高さよ!

少子化どこ吹く風です。

 

今回のライブはUAも授乳中ということもあってか、

子供づれママ歓迎モードで、

チケットの種類にも子連れママ割がありました。

 

会場内にもキッズスペースや授乳スペースがあり、

でっかいトランポリンとか、子供すごい並んでました。

 

託児(有料)もあって。

 

でも子供と一緒に座って普通にライブ参加してもぜんぜん可能。

 

半分ピクニックみたいな感じでした。

日差しはめちゃくちゃきつかったですが。。

 

ライブが始まってから、日差しのきつさや子供の多さも相まって、

多少散漫な雰囲気だったかも。

それと観客がマイペース。笑

 

暑いし途中で抜けて飲み物を買いに行く人も多数。

しかし実際、場合によっては生命の危機レベルで暑かったですしね。

 

UAさんはアバンギャルドな出で立ちで。

なんじゃらほい、という印象でした。笑

 

そして目の前で動く姿を拝見すると懐かしささえ感じる関西独特のノリ。むか〜し、ダウンタウンの松っちゃんの追っかけをしてたそうです。

 

 

でもすごいなと思うのは、CDで聞くのと声の印象がぜんぜん変わらない。

20年前と比べても、変わらない!

 

前も書きましたが、わたしは20代前半に八重山の波照間島で民家を借りて住んでいた時にCDをすっごく聞いてました。

いつもちょっとつらくって、そのつらさに酔ってたあの頃。

 

UAのCDを聞いてたらそういう甘さとつらさが3倍増しに感じられて、とっても良かったんです。

 

今日ご本人のMCで聞きましたが、彼女のお母さんは奄美の加計呂麻島出身らしく、だから八重山の波照間島のあの頃の空気ともよく溶け合っていたのかなと思います。

 

わたしがまだ行ってなくて行きたいと思ってる島がいくつかあって、加計呂麻島も20年くらい行きたいと思い続けてまだ行っていない島です。

 

 

そうして南国大好きなわたしが、加計呂麻島の血を引くUAのライブに、長野一寒い地域の八ヶ岳山麓の野外ステージで参加できるってなんかすごいなと思ってたんですが、どうも彼女も今はこの辺りに住んでるらしく。

 

あんまりそんなことばっかり書くとキモい感じになってきますが、

 

わたしは念が強いのか、そういうことって少なくなくて、

以前「横尾忠則くらい美術界でメジャーになろうキャンペーン」を自分の中でしていた時、

東京現代美術館で開催されていた横尾忠則の個展に行って出し物の狂言を見ていたら、あいていた隣の席に横尾忠則本人が座ってきたこともありました。

 

ダライ・ラマに会いたいと思っていた頃に、インドの空港の廊下で会った時もありました。

(握手してもらって少し話しました)

 

自分と似た要素や考えてエネルギーを注いでることってやっぱりどうしても引き合うというか。

あっちの世界からこっちの世界に物質化するのか?

それは不思議ではないことなんでしょうね。

 

今日ライブが行われていた八ヶ岳の会場では、少し前にネット上で絵を見て「素敵な絵!」と思ってた東京の作家さんにもお会いしてもうびっくり!!

と言いたいとこですけど、そんなわけで、全然びっくりはしませんでした。

 

 

 

先日も、東京の大学の構内のベンチでご飯を食べていたら、インドでいつもすれちがっていた顔見知りが横を通りがかりました。

 

そんなとき、驚くというより、純粋に、再会した運命のようなものを感じて単純に嬉しくなりますよね。

だからインドでは声をかけなかったのに、日本では思わず声をかけて話しをしました。

 

 

 

 

ライブは途中一回休憩が入り、その後会場もどんどん積極的になったきました。

 

沖縄の八重山でよく聞いてて好きだった曲のうちの一つに「水色」があります。
 

この静かな曲を最後の方で歌ってくれてすごーく嬉しかったです。
 

知りませんでしたが、この曲をつくった頃は彼女は最初の男の子を妊娠してた時だったらしく、

それを聞いてこの曲の特別研ぎ澄まされてるけどふわっとしている理由がわかった気がしました。

 

 

https://youtu.be/RprZKjU-Ul8

 

「水色」

 

 

このあたりからもう、泣いてますよね、わたし。笑

 

沖縄にいた頃のことはとっくの昔に全て昇華しきったように思っていたのですが、

今回のライブでは本当に深くから過去をリセットしたような気がしました。

 

脳から、残った記憶が気化してシューシューと飛び立っていくのを感じました。

 

音楽の、人を特定の場所へ連れていく力をまざまざと見せつけられた気分です。

 

 

 

ホ・オポノポノっぽい歌も今日のライブでは歌われていました。

 

ありがとう

 

ごめんなさい

 

ゆるしてね

 

あいしてる

 

 

 

 

 

そしてわたしが住む街「茅野市」で近年発見された「縄文の女神(ヴィーナス)」という土偶がダンスしたらこんな感じ、という奇妙なダンスでミュージックビデオを撮影した最新曲も。

 

このミュージックビデオを撮影した時も彼女は妊娠中だったそうです。

このときは第4子ですが。

 

この「縄文の女神(ヴィーナス)」も妊娠中の女性を表しているそうです。
 

 

 

 

わたしもこれをはじめて見に行ったときは息子2を妊娠中でした。

 

そして今はヴィーナスライン沿いの通称「ヴィーナスハウス」に住んでいます。

 

 

そんなのばっかり自分の周りに現れる、ってことは、

わたしにヴィーナス要素の開発が不足してて必要なのかも。
 


ヴィーナス要素活性化キャンペーン中です。

 

目覚めよ女神。



 

 

そんな、妊娠話やヴィーナス話にわたしの脳が忙しく反応しているとき、

 

だんなさんとわたしに共通の知人の訃報が飛び込んできました。

 

 

 

わたしと同じくらいの年齢だった、仕事もできて美しかった彼女。

 

 

 

「UA」には、スワヒリ語で「花」と「死」という意味があるそうですね。

 

 

一人の人が亡くなるのは決して小さなことではないし、その影響は全宇宙の隅々の塵の一つをも震わせていると思います。

 

でも人はだれでも、生まれた時から死んでます。

 

 

赤ちゃんでさえその成長はすなわち死に直結しています。

 

 

この世界に一つの宇宙として現れた一つの人格は、生まれた瞬間から亡くなるその瞬間まで死に抱きかかえられているように思います。

 

そのような母なる死の手の中で、私たちは伸び上がり、花を咲かせ、そして必ずまた死の母に溶け込みます。

 

 

そんな当たり前のこと、

 

その当たり前がわたしたちにとって恐れと感じられるのか、安らぎと感じられるのか、

 

その違いはただ、私たちが死の母を愛しているかいないかの違いによるものだろうと思います。

 

 

完全な安らぎをもたらしてくれる死の母を愛して彼女の支えがあればこそ、私たちは完全な狂乱の花をも咲かせることができる。

 

 

死の母を愛さず、その存在を恐れから否定してしまったなら、私たちは代わりに生きていることの中に安らぎと安定を見出そうとするでしょう。

 

それは決して訪れないのに。

 

 

 

生きながら死んでいる私たち。

 

生きながら死んでいることを完全にうけとめて愛した人はたくさんの人の内側に溶け込んで、中から涙をあふれさせるのです。

 

UAもおそらくそんな涙を得て咲く死の花の一人なのでしょう。

 

 

 

 

そういえばわたしも生きている間に死に続け、咲きほこるはずだったんでした。

いつのまにやら生きることが努力を伴うようになり、生きる目的のためにだけ生きていました。

 

 

死の母から優しく送り出されて来たたくさんの赤子や子供達、忘れていた死の温もりに渾然一体となって安らぎ酔う大人たち。

 

 

再び母の胸にやわらかく抱きとめられた知人女性。

 

 



 

UAの存在感で思い出したのは、生きているわたしたちが気づいていてもいなくても、すべてのひとが焦がれている共通のみなもと、

死の母のことでした。

 

 

 

 

 

 

 

ノルウェイの森〜トラン・アン・ユン監督

ライフ・オブ・パイに続いて村上春樹原作の「ノルウェイの森」も見ました。



本はずいぶん前のだけど映画化されたのは案外最近で、2010年なんですね。
その頃インドだったからあんまりよく知らなかったけど。

監督は私は岩井俊二監督だと思い込んでたんですが、見終わってクレジットを見るとトライ・アン・ユンという監督でした。

なんと、この人、「青いパパイヤの香り」の監督ですね。
「青いパパイヤの香り」は昔映画館で見て
(大学生の頃は週1〜2回くらい手当たり次第見てました)
ストーリーはさっぱり覚えてないけど(しかも寝たような)なんかいいかんじだったな〜という好印象だけが残った映画でした。


それと、マッサンの玉山鉄二がでてました。
こんなとこにマッサン。。。


映画自体はかったるい映画だろうと思ってみたんですが、
昭和40年代が舞台ということでレトロな感じが案外良かったです。

あと、村上春樹の本を読んでたら、あれがこういう風に映画になるのか〜、と、なんか笑える感じで面白いというか。


で、見初めてやっぱ多少かったるくって、しかもずっと湿っぽくって、
本読んで知ってたけどヒロインはメンヘラ(心が病んでる人)で。

なので、途中で(あ、見るのやめようかな)とか思いました。

というのは、私昔からホラーとか精神病んでる系の映画とか本とか破滅的なの大好きで。
そういうのになんかある種のリアリティ感じてきたんですね。

こういうのとか。ベティーブルー。



こういうのとか大好きでした。ジャックマイヨールの話。グランブルー。



こういうのとか。ピアノレッスン。



こういう胸がざわついてちょっと不安になるような音楽が好きで。
これはマイケルナイマンの音楽なんですが、以降マイケルナイマン好きになって。

で、映画見まくってたのは大学生の頃なんですが、
こうしてみると好みはかなりはっきりしてた。

破滅&精神病んでる系。

たぶん自分の中にそういう要素があったからか、もしくはそういうのに何処かで憧れてたのか。

本とかも病んでる事例がいっぱいでてくるカウンセリングの本とか精神病の人のものの見方の本とか大好きでした。

で、大学卒業してから私はどうなったかというと人生がまさに破滅&精神病んでるワールドに入っていって。なんかむちゃくちゃになって。しょっちゅう自己崩壊してて。
それは今でも完全に脱したと言えるかどうか怪しいとこ、というか、しょっちゅう、私頭おかしいよね、と、だんなさんに言って、そしたらそれがわかるんだから偉いと褒めてもらうような状況で。
でも自分ではどうしていいかわかんなかったんですよね。

後から思ったのが、やっぱ、ホラーとか心病んでる系の映画を好んで見てて、そういうのって情報として入ってきたらそれに知らないうちになるんですよね。

だから、ああ、ああゆう映画ばっかり見てたのはまずかったな、まさにあんな世界に生きちゃってるじゃないかと思ったわけなんです。反省もした。

だから、そういうネガティブなものを含む情報は同調しちゃうんで、それに気づいたんで、なるべくインプットしないように心がけてたんです。


だから、この、ノルウェイの森も心病んでるトーンなんで、途中で見るのやめようなかと思いました。

でも多少かったるいながらも見ちゃったんですけど、
そしたらなんと見てるうちに頭がすっきりした。笑

ホメオパシーみたいな効果かな。

これには驚いた。

なんか夢から覚めたみたいになりました。
どうしたんだろう私。笑

もうなんかたぶんここ20年くらいずっと頭が、、脳がおかしいかんじで、
どこか機能してない感じだったんですけど、
今なんか学生時代に戻ったみたいにすっきりしてます。

不思議。
レトロな雰囲気の映画だったからなのか、
ヒロインのメンヘラぶりがあまりに自分みたいで我に返ったか。笑

ライフ・オブ・パイにびっくり。めっちゃタミル。

ライフ・オブ・パイをDVDで見ました。
ただ幻想的で綺麗なだけの映画かと思ってたらそうでもなかった。
けっこうパンチが効いてました。

そんで、思いの外インドインドしててびっくり。
最初南インドのフランス領だった街、ポンディシェリーから物語が始まってました。

めっちゃタミルやん!

星座の配置のような

なんてことないけどちょっときれいな動画。




2人の間が星座のように「みゅんっ」てなるとこが面白いです。

いまさらですが、クラウドアトラス ちょっとレビュー

昨日の晩に、見ようと思ってずっと見てなかった映画の「クラウドアトラス」を見ました。
インド占星術もそうだけど、アカシックレコードのリーディングをするならこの感覚はけっこう参考になるかも。



輪廻転生がテーマの映画という理解で大きく外れてはいないと思うんですけど、
6つのストーリーが並列で描かれていて、同じ役者さんが色んな役柄で出て来るのが面白い、、、とはいっても映画が終わった後のネタばらしで、観てる時にはほんの一部しか認識できてなかったことがわかったので、そこを頭に入れて、時間が取れる時にもういっぺん観ると思います。たぶん。

純粋に映画の評価としては、中の上くらいなかんじでしょうか。
様々なエピソードの描写が6つ並列で描かれているだけに中途半端で浅いというレビューも多いみたいですけど、
どぎつい描写や残酷描写もそんなに深く入って来ない利点もあって、むしろ助かる。

ちょこちょこ引っかかる設定とかもあって、いつも穿った見方をしてしまう自分なので、ン?と、警戒音が自分の中で鳴るときもあったけど、
様々な人生や人格でも失われない永遠のものを扱う映画なだけに、案外後味も良くて、立体的な構成を楽しめました。

ソンミ役の韓国人の女の子は深津恵理をちょっと思い出した。

ただ、西洋人のへんてこな東洋人風特殊メイクは何とかならんもんか。
それか別の設定が?

この映画は三島由紀夫の「豊穣の海」にインスパイアーされているという話も。
http://blog.livedoor.jp/y0780121/archives/50750975.html




こういう生命に通底する永遠のもの、みたいなテーマとしては「ツリーオブライフ」も自分の中ではちょっと共通する映画なんですけど、
「ツリーオブライフ」はもっと美しく耽美で繊細で支離滅裂。
でも最後のシーンでは何らかの納得と幸福なカタルシスを感じました。

古いけど、いくつもの時代にまたがって生きる映画の「オルランド」も美しくて良かったです。
「オルランド」の場合はすべての人生を主人公が意識を分断させず通しで自覚しているように見えて、その永遠の存在としての美しさがより強く伝わってくる爽快な映画でした。

単純に映画としては個人的には私はNZが舞台の「ピアノレッスン」が音楽のマイケルナイマンとともにはまって3回映画館に足を運びました。マイケルナイマンが来日した時に彼が音楽を担当したオペラまで見に行って、そしたら本人がいたので握手してもらって激うれしかったです。

「ベティーブルー」もはまったけれど、それらの思い詰めたようなある種の狂気はあんまり潜在意識に入れるとヤバいと、それらが自分の人生で現実化したような後になってから思いました。もともと潜在意識にあったからはまったのかもしれないけど。
ビョーク主演の「ダンサー・イン・ザ・ダーク」なんかは下手なホラーよりもよっぽどトラウマレベルの後味の悪さで、さすがに観たのを後悔した。

今観るならもう、「オルランド」のような後味のいい朗らかなのがいいですね。

以前は耽美かホラーか狂気の要素がない映画は興味をそそられなくて観る気がしなかったけど、潜在意識にたまってたそういうのが全部きっと人生に現実化して出て行ったので、もういいです。

今現在、楽しみとして映画を観るなら何らかの超越のあるものや幸福感のあるものや永遠の要素をそこに求めている気がします。


そして観るときもすでに映画のストーリーの中にはあまりはまり込めなくなってて、映画の中に展開される世界感やコンセプトをチェックするくらいな感じで観ています。
映画の発するメッセージも無防備に潜在意識に取り込みすぎないように気をつけてるくらいなもんで。


。。。ただ、最近観た中では高畑勲監督の「かぐや姫の物語」でまさかの号泣。



やられた。笑



アサーティブネスについてドリーンが紹介する動画。

アサーティブネスについてドリーンが紹介する動画。
いい動画だった。。。100%受動タイプだった自分としてはなかなか泣けた。



相手も自分も傷つけずに、言いたいことを伝える「アサーティブな方法」とは?

クリシュナバジャン

お客さん対応の一環として、クリシュナバジャンやマントラをちょっと見てみてますけど、
一般的なクリシュナバジャンはやっぱり甘い感じのが多い。
あんまり私としてはパッとしない感じなんですが(シヴァ系のガンガンなほうが性にあってるみたい)

こういうの、ベタな感じだけどいいなと思いました。




これもわりかし伝統的な感じで落ち着く。



これはアートオブリビングのやつ。


素直な感じで聞きやすい。


西洋人が歌ってるのもいっぱいあるけど、私はあんまりよさが分からない。


これも流し聞きにはいいかも。





おまけ。リトルクリシュナ。