ロンドンのアムリタが出続けてる家

またみどりさんからの動画です。

ロンドンでサイババの写真からアムリタが出続けてる家。

 

動画はこちらからどうぞ

↓↓↓

https://www.facebook.com/sawako.furuno.9/posts/1291202470957501?notif_t=feedback_reaction_generic&notif_id=1493700332769319

 

 

 

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元添乗員さんのブログに笑ってしまった。

以前、自宅までアカシックレコードリーディングを受けに来てくれた方に、どうやってわたしにたどり着いたのか聞いたら、「八ヶ岳 サイババ」で検索したらわたしのブログが出てきたとのこと。

 

確かに、そのワードで検索してみると、でてくる。

自分が検索するのと他の人が検索するのとでは結果が違うのかもしれないけど、グーグルでは上位3位までわたしのブログ(わたしの複数ブログのうちどれか)。

山梨在住のネット有名人、天下泰平ブログの滝沢泰平さんなどを挟んで、上位10位中6位がわたしのブログ。

 

 

おなじ検索ワードの他の人のを読んでみたら、サイババツアーの元添乗員さんのブログがありました。

 

読んだらおもわず笑っちゃった。

 

インド旅行の話 第1回 特別な場所

 

インド旅行の話 第2回 サイババ

 

インド旅行の話 第3回 サイババ別室へ

 

インド旅行の話 最終回 不思議の国

 

 

最終話にこんな記述がありました。

 

 インド旅行の思い出は尽きない。
 いつまでも地球上にこんな不思議な場所があってほしいものだ。

 規格外の楽しさ・・偶然でありながら、必然であるような出来事。

 

 

実に同感。

 

地球上にインドがあってよかった。

そして、日本人でよかったとも思います。

 

 

 

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ロンドンのみどりさんからの動画

当ショップの占星術鑑定のお客様対応や翻訳スタッフをお願いしてる、ロンドンのみどりさんからの動画が届きました。

なんか、奇跡が起きまくってる場所がロンドンにあるそうです。

 

動画はフェイスブックにあげたので、見たい人はリンク先で見てみてくださいね。

豪快な物質化に笑えてしまいます。

 

https://www.facebook.com/sawako.furuno.9/posts/1284768331600915?pnref=story

 

↑先日のホーリーのときは、ババの写真に色の粉が物質化したそうです。

祭りだ!

 

 

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サイババとの動画

今さっき、知人から別の知人を通してメッセージがきて、
2007年のコダイカナルの二枚組DVDの、2枚目の4分くらいのとこでイーシュワランマデーで私と12歳の息子主名とがサイババと同じ画面で映ってるとのこと。

う、、、うれしい。。


確かあの時は下の広場にいたらババが来て、目の前に5分くらいいたので喜んでじっと見てました。

ババが去る時に、彼女たちにもサリーを配りなさい、みたいにセバダルに指示したので大喜びでピンクのサリーをもらいました。


思いがけないババからのメッセージを今日もらったみたいな気がして、ちょっと涙しました。

ああ、わたし人生に疲れてる。。。笑
というか今までに蓄積してる疲れだと思うんですけども。


今はいつの間にかなんとなく再婚して、2人目の息子も生まれて
(ちょっと女の子みたいな名前ですけど紗位・サイといいます)

だんなさんがなんか晩ご飯を作ってくれてるのでわたしは寝転がってスマホをいじってました。


日々いろいろ考えたり思ったりしまくってて、まだまだスッキリしない事柄や記憶もたくさん残ってて、
それらの謎や滞りのからまりをいっこいっこゆるめたり外して解いたりしています。

 
(昨日、諏訪大社前宮の7年に一度の御柱祭を見に行った時の写真です。)
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そういえば久しぶりにババの夢を見たんでした。

そういえば昨日の朝、久しぶりにババのダルシャンの夢を見たんでした。

わりと普通にババのダルシャンを受けて(普通に立って歩いてました)

そのあと別の建物の屋内でバジャン会があって、そこにはもうババはいませんでした。
でもなんかインドのお坊さんらしき人たちはいた。
私はアルティの時に鳴らすようにそこにいた人にベルを渡されたのですが、

そのベルがあまりいい音でならなかったので、自分の部屋に入っていって、自分の良く鳴るベルを持ってきてアルティの時に鳴らしました。

そんな夢でした。

先日の18・19日のティルチェンドゥールでのプージャの様子の写真が送られてきました。

現場でたいして写真撮らなかったのか同じようなこれらのショットくらいしかないんですけど、送られてきたので一応。







まあ私が現地にいたら流石にもうちょっと色々撮るとは思うんですけどしょうがないです。

冬に半年くらいインドに滞在するのもいいかなとちょっと思い始めてますが。。。

だんなさんはインドに住もうとか言ってますけど。(半年くらいだけのつもりなのかな?)

いいよ。とは言ったものの。。。

でも私の感覚では一応拠点はここ、長野の八ヶ岳の麓なんですよね。

長期のビザはやっぱめんどくさいこと山盛りで大変ですから。
一応経験者なんでね。。。

日本はやっぱ安楽ですよ。
インドは楽しいですけどね!

いうて、先がどうなるか全然わかんないですけどねえ。

サイババはすでにまた生まれてる???

いままた東京に来ていますが、先日、クラスでゲリーが何だか突然、サイババがもうすぐ生まれ変わる準備をしてるとか言ってました。
そのすぐあとに、実際すでに生まれてるとも言いました。

ババが復活するとか、すでに生まれてるとか言う話はあちこちで耳にしますけど(実は死んでないとか言う話とかも)、サイババ関係者でないゲリーの口から聞くとなんか本当っぽくて、テンション上がって力がわいて来るような心地がしました。

ババの夢を見た。

今朝はサイババの夢を見ました。

最初のシチュエーションは子供をうっかり一文無しで何日も留守番させてしまったかも!と、気がつく夢で、気がついた時には夢の中で数日たってしまってて、

しかも部屋の鍵もわたしていなかったかも、

食べるものもお金も、住む家もなしに何日も放置してしまった。
いったいあの子はどうしているのだろう、とあせる夢でした。


その後、家に確認に戻ったら子供がいて、別に平気そうで、炊飯器にご飯が入ってたらしく、食べるものもあってノープロブレムだったという展開でした。

子供に金魚を持たせていたのだけど、
家にあった水槽にその金魚が放たれていて、小さな赤い金魚がいっぱいと、少しの青い金魚がその中にひらひらと可憐に泳いでいてすごくきれいでした。


その後にサイババが出て来る場面になって、

ババは前に立って、私たちに向かって全体に力強く何度も片手や両手でブレッシングをして、
その後は集まった聴衆の端から端まで一定の幅ごとに狙いを定めてからさらに強力なブレッシングを丁寧に端から端まで順番に衝撃のバイブレーションとともに繰り返し放っていました。

私たちはとても高揚して、テンションをあげて会場をあとにして、
あ、そういえばアラティまだだった、と思って会場に引き返そうとしたけどもう音楽が聞こえて来て終了っぽかったけど会場には戻らずそのまま行きました。

でもふと、あれ、ババってもう亡くなったんだったよね?
と思い出して、
でも、今、いたし会ったよな。。。。!

と夢の中で思ってる夢でした。

その後夢の中で子供に再会して、

子供に聞いたら、子供もババがいたその場にいたらしく、

もし夢なんだったらとしても、みんなが共通で見て共有してる夢なのか、と思いました。

子供は「今日は参観日だからババ(保護者として)来たんじゃない?」とか言ってて、

今日って参観日だったの?今日って日曜?
と、子供に確認して、そうか〜、だからか。。。と思ってる、そういう夢でした。

サイババの夢

今朝起きた時はなんか別の夢を見ていたのですが、

そういえば、その前にサイババの夢を見ていた、と、思い出しました。

思い出せてよかった。思い出させてくれたのかな?



内容は、私は何か他のことをしていたんですが、ダルシャンがあると知って、急いでダルシャン会場に行った夢でした。

そしたら人々の間からサイババが見えました。

なので、なんかもうダルシャンはほとんど終わって意味ない?っぽかったんですが、

意味なくてもいいやみたいなかんじで自己満足的にそこに座っていたら、

そこに座っていた人たちにというか、私の方に向けてサイババが小袋にはいったビブーティーをどっさり投げて来たので、周りに散ったものは周りの人も取ったんだけど、
私はとりあえず、全力で受け取れるだけ受け取った。笑


そしてそれに続いて直径1メートルくらいの袋に入った甘いお菓子の固まりの巨大なプラサードも2〜3種類投げて来ました。

さすがにそれは全部は受取れきれなくて、周りの人たちももらって分けて、
私もその巨大な袋のうちのひとつを受け取って、袋をちょっと破ってひとかけら食べたら甘くて美味しかった。

そののこりは他の人に回して分けたかもしれない。


その後近くでサイババと話したのかもしれないけどそこらへんは忘れました。


そんな夢でした。




私はいつも常にどこかで無茶をしてるんですが、

今も、このインド占星術関連の仕事をしながらアカシックレコードリーディングの練習をしたりしてて、

一応いつも自分のなかで聞きながら、方向性を見ながらやってはいるんですが、わずかに残った?理性の部分が余計なことをせずに自分の状況をもっと安定させろとか、そういう保守に導くようにささやきかけて、

私もそうしたいのはやまやまで、無理せずに余裕のある優雅な暮らしを楽しみたいと思う気持ちがいつもあるんですが、それとは裏腹にいつも少し限界を超えて無茶をし続けて20年というかんじです。


その結果、たぶんちゃんとしがみついていればいいものにきちんとしがみつくことが出来ないで色んなものを失っていくのですが、

そういうのを残念に思う気持ちがないわけではない。


私は狂っているのだろうか?

と思うまでもなく、実家の人たちなどはそのようにみなしてるようで、

社会不適応者として見下げて否定・排除の方向なんで、そういう他者からの影響(それも自覚薄いとはいえ、一人ひとりのうちに宿る神の創造活動ですから)のないとこにと思って、また、10年前から10年後は長野と思ってたそのタイミングも来てたので、長野の山奥で一人で住み始めたわけなんですが、


自分でも、今自分の状態とか、立ち位置とか、どうなんだろうと思うこともあります。



方向性は間違ってないと思うんだけど、

いつものごとく常に無理目な感じで、常に余裕なくきつくギリギリな感じで動いている。


ある意味常に新鮮なんだけど、それもずっとだとたまに疲れるような気がする時もあるし。


常に色んなことに手一杯で。


色んなことやりすぎなんじゃないのか?とか。


たとえばヴェーダチャンティングを極めたいという思いがあったけど、それはホントに行けるところまで行きたいという思いがあったんだけど、

ずっとそのようにはならず、ある程度のとこまで行ったら次のレールにのせられた感じで。


それはこのインド占星術関連の仕事を通しての活動だったんですけど、

なかなかきついものもありつつ、

それもやはり関わり方に波があって、

今は具体的な仕事は出来るだけ他の人に分担して行くように心がけてるのですが、

それもなんか一杯一杯な感じで分担の仕方もゆったりしてるようなそうでないような、

わたしを流れてる性質として常にすべてが流動的、というのがあって、


それが仕事にもそのままそういう性質になってるような気がします。


なので分担先もそのようになってるような。


かっちりしてないんですよね。そうしたいなとは思うんですけど、何かがそうさせない。


そうしたいんだけど。


私自身をこの仕事からある程度自由にさせる必要性を感じて、自分を建て直すためにもスクールに通ったんですけど、

そしたらなんかリーディングの方向に今は乗っちゃってる感じで。

しかもお客さんが毎日誰かしら来てくれる。まだ大した実力もないのに。


でも、占星術でもそうだったんですけど、いや、占星術はやっぱりある部分パワフルで、
プージャってかなり強力なツールで、人の望みとか足りないエネルギーとかを強力に補ってくれるのでその意味ではすごく信頼感あります。
それもある程度までで、そこではまりきれないとこや、補いきれない部分は出てくるんですが。


ほとんどの人の場合にインド占星術やプージャって常にものすごく有効だと思います。


ただ、私としては、私自身の経験からも、そこからこぼれる部分こそがその人がその人自身として生きていくエリアへの鍵とか、そんな気もして、

占星術、星の影響も及ばないその奥の深奥の部分に立脚することは人がほんとうに自分自身として生きていくときに不可欠な要素なんじゃないかなとも思っています。



でも普段生きていく上で占星術的要素は一般常識的に利用して取り入れる分にはすごく有効だと思うので、否定する必要もないし、共存できるとも思います。

人はいつも最奥の深奥の状態で居続ける必要もないので。
ただ、そこへの通路はあけておく必要があって、必要なときにいつでもアクセスできる状態にしておく必要はあると思う。



そう、それで、占星術のお客さんもそうだし、リーディングのお客さんでも、もう、小手先のというか、対症療法的なことではなくてほんとうに自分自身とつながるくらいしかやること残ってないような人がたくさんいて、

ていうか、そういうとこにつながってるからこそ、この現実世界とのギャップに混乱してどう生きていいかわからなくなってたりとか。

そういう真我的なものとこの現実世界とのコラボがなかなか難しい。


わたしも社会不適応とか、社会性ゼロとか色々いわれながらも案外うまくやってる方で、
現実生活において、いつもきつきつな面はあるし、やはり現実生活においていつも無茶や無理を通し続けてる面はあるんですが、
自分のなかでの迷いのようなものはあまりないから案外その点は心地よく生きていけてるように思います。

現実生活でももっと守られてる感じとか、安定感が欲しいなあというあこがれのようなものがないわけではないのですが。
そしてそれは常に掴める位置にあるのですが。

でも今の時点でそれを掴んでもきっと私には苦しみになるんだと思います。


なので無理、無茶、わがままと、自分でも思いながらもそれを通すしか出来ないある意味残念な自分がいて。


鑑定だと、まだ、色んなことが出来るような気持ちになったりもするんです。
プージャとかできるから。


それでも程度はありますけど。



でもリーディングだと、ほんと無力だなーとしみじみ実感すると言うか。

アプローチの仕方が違うとまた違うのかもしれなくて、例えばチャネリングとかだったら高次のメッセージみたいな感じでひとっ飛びにクライアントの意識も飛躍したりするかもしれないし力強いかもしれないなと思ったりもするんですけど、

アカシックリーディングは言ってみればクライアントさんの意識の範疇の外のものはもたらされない感じがあって。

だからほんとうにその人が自分で何かをどうにかするしかないという感覚がします。



外からの力としての働きかけが出来ない仕組みになってる感じがする。


そしてそれにはリーディングのいわばクライアントの状態への対症療法的な1時間では根本的な部分で足りないかんじがして。


・・・・それで、根本的なとこに働きかけられるようなものも持てたらと思って、
自分で基礎的なコースとかも開催できるようになるらしい、インストラクターのコースも受けようかと検討したりしてるんですが、

それをやるとほんとにさらにいろいろキツキツだなとは思うんですけど。

課題とかも、今属してる専科の課題もすでにいっぱいあるし。


でもがんばってみようかな。



無茶に無茶を重ねて。



加えて、7月には税金の関係もあって個人事業主もしくは合同会社の形にもすることにしたのですけど、まだどっちにするかも決めかねてるという。


なんか知識ある方はアドバイスいただけるとありがたいです。

アドバイス頂いてもたぶんあんまり言うこと聞かなかったりするんですけど。。。それ前提で。




話がだいぶそれたけど、


そういう、なんか色んなことが同時進行で、のんびりしてるくせに常にあっぷあっぷが続いてる自分に、客観的な視点を持つ自分が半ばあきれ&うんざりなのですが、ババに色んなものもらえてよかった。

気持ちが落ち着きました。

このままでいいんだな、と。



たぶんこれは私のまっすぐな道なんだと。



日本でのアティルッドラは無理にやって出来るようなものではないけど、まだあきらめてはいません。
出来る機会がもし巡って来たならやればいいと思ってます。


の占星術鑑定のレポート作りはようやくバラティさんも落ち着いて来たので始めるみたいです。



たぶんあきれ&あきらめながらも見守ってくださってる、関わり続けてくださってるこのショップのお客さんたちにはいつも感謝です。


ありがとうございます。


今朝のサイババの夢

今朝もサイババの夢を見たように思います。

最初の方はあまり覚えてないのですが、サイババが半分死体みたいに、目を開けたまま死んだ感じにぐたっと横たわってました。

??

と思ってみてたら、

生きておき上がって元気そうな感じになってたので、

あっ、サイババだ、と思って、動いてるサイババを見てたら何度か目が合って、意識がつながって、軽く承認の「ニコッ」といういたずらっぽい表情だったので、

で、抱きついて、というかハグ状態で、

「いつも私を守って下さい」

と、英語で言ったら、

「わかりました」

かなにか、
忘れましたけどそういう感じの返事だったんでした。




色々思うところもあるけどまあ取りあえず。


死んでるみたいなのが急に生き返った感じになるのは、
死んだおばあちゃんが夢に出た来た時もそういうのがいっぺんありました。

最初死んでたんだけど、急にガバッと生き返って、
「サワコちゃんに会いにきた」と言われたんですけど、

多分普段はすでに違う形態になってたのを、私が認識しなれている形態に宿ることで交流をスムーズにするためだと思うんですけど、

夢で私の方がそこに来るのが早かったので、夢の肉体はすでにそこに用意されてても本人がまだ来てなかった感じ?

今回のサイババもそんな感じなのかも。


サイババを動かしているもの、私を動かしているもの、死んだおばあちゃんを動かしているもの、

それらはきっとこの名前や形ではないものだと思うのですけれど、

それらは一体なんなんでしょう。


すっごい久しぶりのババの夢

週末はまたゲリーボーネルのスクールのために東京に来ています。

昨日は東京はすごく雪が降ってたので、いつ電車が止まるかもしれないなとも思って、
泊る予定だった都心からは少しとおくの知人の家に行くのはやめて、

何人かに誘っていただいた中のご夫婦の泊まってる、スクールの近くのホテルに行って合宿状態で寝ました。


そしたらホントに久しぶりに、今日の明け方にサイババの夢を見ました。


夢ではババはアフロにオレンジのローブだったんですが、2歳児くらいの様子で、歩いて近づいてきました。

で、わたしと知人夫婦に、手からほかほかのインド風の甘くて黄色いお菓子をたくさん、何種類か出して、

私たちの手にそれぞれ乗せてくれたので、

私たちはそれを両手で受けてはぐはぐと食べました。

甘くて、少し香ばしいような、とてもおいしいお菓子で、ホカホカの出来立てでした。


その後、夫婦の奥さんのほうがババの口に干しぶどうを入れて食べさせましたが、

その干しぶどうには軸のような小枝がついたままだったので、
ババは「戻しすぎだ」と、文句を言って嫌がっていました。


ちょっと意味がわからないみたいですが、
すべてはババから来てババに帰るという前提の元の発言みたいで、
甘くて柔らかくて食べれるとこだけをババは食べたいのに、
知人は食べられない、まずくて固いところまでも自分に戻そうとする、
と、いう意味みたいでした。


その後、ババは、私たちに、月曜11時のバジャンに来るようにと言ってきました。


そんな夢だった。



おきて、かなり久しぶりのババの夢だったので、結構感動しました。



しかし、月曜11時に。。。て?


と思って、別の知人に言ったら

「今からだったら月曜にインドに間に合うよ」といわれ、

なんか、インドに飛んで行きたいような衝動に駆られましたが、

すごく魅力的なアイデアだったんですが、

自分の中で聞いたらそうではないらしく、(いや、すぐに行きたい気分ですけど)
インドに飛んでいくのはこらえました。(たぶん)


私は来るように、というのは、精神的に近くに来るように言われてるみたいな感じを受けました。


ババの夢はずっと見てなかったので、もう見ないことになったのかと思ってたんですが、

また見たので結構嬉しい。



たぶん、夢を見た原因はいろいろあると思うけど、ひとつは、君たち仲良くしてて感心だね、というとこなんじゃないかなと思います。




お問い合わせなど、たぶんバラティさん、南アフリカに行ってた間の仕事の処理に追われてるような気もしますが、

お問い合わせなどいただいてる皆さん、申し訳ないですが、こちらからの反応はもう少しだけお待ちください。