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ごめんねと言いに行った神社の写真

もう10数年前に行った兵庫の山奥のぼろぼろの小さな神社。

いつかお金が出来たら建て直そう、と強く思ったらそれがばっちり神様との約束になっていたらしく、

まとまったお金が出来てないので、今回、兵庫を離れるにあたって、約束を実行出来なかったわびを少し前に入れにいきました。

その神社に行って、軽くだけ掃除をして、「できなくてすみませんでした」みたいに謝ると、
「いいよいいよ」みたいに軽い感じでいわれて開放されたような気持ちがしました。

その時の写真、前回アップしようとしたら「ファイルが不正です」とかいう表示が出て出来なかったんですが、アクシャヤトリティヤの吉日の今日、試しにやってみたら出来ました。

これがそう。




この山道を登ったところにある神社。それは金毘羅さんらしい。



今回行ったときには祠?の小さい戸が開いてて中のお札みたいなのが倒れててゴミも入ってた。



新しいの作り直せなくてごめんなさいでした、みたいに祈ると「いいよいいよ〜」ってかんじで予想以上に軽い返事が返って来たように思いました。

200〜300万くらいあったら、周りの低い塀も含めてきれいに作り直せるかなあ?とか思ってました。

返る前に写真を撮ったら紫の光が上から差し込む写真になりました。
おおらかな神様の意志みたいなものが天地を貫いて降り注いでるような心地になりました。



実行出来なかった、10数年前に決意した約束をニュートラルな状態に戻す許可をそこの神様から得て、山から下りる帰り道。



スッキリして晴れやかな気持ちでした。

この10数年、この神社のことをずっと覚えてて、何度か行こうとしても行けなかったのがようやく行けた。
それは大規模プージャの実施期間中のことでした。


紫の光はカメラの加減なのかもしれないけど、今までなかったし、きれいなので載せました。


のどかな春の日のことでした。



建て直せなくてごめんね。

昨日、詫びを入れに行った神社の写真。

昨日、詫びを入れに行った神社の写真をアップします。

昨日の晩からここのブログに記事を更新しても反映されない状態だったので、ブログの運営元に今朝連絡したら対応してくれたみたいで、出来るようになりました。

ありがとうございます〜!


詫びを入れに行ったいきさつに着いては前の記事を参照のこと。


・・・と思ったら、写真がアップロード出来ない。

アップロードされたファイルが不正です。だって。



不正じゃないよう!!

詫びを入れに。

今日の午後は、とある神社に詫びを入れに行きました。

神社と言うか祠っていうかんじの小さいのですが。

15年くらい前でしょうか。

両親の外出について行った先で見かけた朽ちた小さな金比羅さん。

あまりにもぼろぼろだったので、気の毒に思って、わたしがお金が出来たら新しく建て直そう。
と、強く思って。

小さいから多分100万か200万くらいあれば出来そうかなとか思って。

でもできなくて、

ずっと心に引っかかってて。


そしたら整体の木村さんが、神様に安易に約束しないこと、みたいなことを何かのおりに言って、

「実は約束しちゃってるんです」みたいに言ったら

「やっぱり」

みたいに言われ、

最初はその神様をほかのきれいな場所に移すことを(物理的にではなくて自分を通してみたいな)
言われてたんですが、なかなか出来なくて、

というのは両親もそこを目指して行ったわけでなくて、たまたま行ったとこにあった金比羅さんだったので、場所が定かでなく、それにわざわざ行く理由もないから、
行きたいと言ってもなかなか実現しなかった。


で、神様を移すというのは私がすっと兵庫に住むのを想定してのことだったらしく、
よそに移る感じだと、詫びを入れるだけでよくなったみたいで、
それで、今日、ようやく、実現しました。

これはほんとずっと気になってたことだったので、実現出来たのは大規模プージャの直接的な効果かも。



できなくってごめんなさい。と、詫びを入れたら「いいよいいよ」ってかんじで、いい人、というか、いい神様でした。

とりあえず約束をニュートラルな状態に、白紙にしてもらいました。

お参りのあとは、とっても清々しかったです。



江ノ島のはだか弁財天

江ノ島に来てます。

10数年前に来たときはナニミテタンダロウ?
という気がしました。

はだか弁財天も今回初めて見ました。

すっぽんぽんで琵琶を弾いてる弁天さま。

日本に来てなお開放的なサラスワティ。
いいなあと思いました。

天下泰平ブログと私の体験した素敵な宮島。

天下泰平ブログで宮島のことをやってました。

http://tenkataihei.xxxblog.jp/archives/51876465.html

わたしもここ1年くらいの間に4回くらい行ったんでしたっけ?

宮島。




るんるんる〜ん。



この日は雨だった。濡れそぼる厳島神社。





写真とビデオを撮りまくるバラティさん。



ポータル?







アティルッドラを2012年8月に広島でやるように指示が来てたので(もちろん自分の中を通してですけど)

何で広島なのかなーと思いつつ、
(大規模プージャでも広島もプージャするように中の声に言われて、ずっとし続けてます)

当初の予定では実施の第一候補は宮島だったんですよね。

で、他の人たちが富士山のとこでやってほしいという要望が多かったので、

じゃー、ついでだし2箇所で。

宮島と、富士山の近くで。


と、計画してたんですが、うまくいきませんでしたが。

でもその後宮島がすごいポータルな場所だというのをあちこちで聞いて、
そうだったんだー?みたいな。

ちなみにその後参加した体外離脱ワークショップでもゲリーさんも宮島には感心しきりでした。

以前に体脱して宮島を見にいったりもしてたらしく。

すごいポータルなんだそうです。

で、体脱して行ったら、今あるお宮と別の場所に、以前あって、今はもう無いお宮も一緒に見えるらしい。



私は実はあんまりパワーがどうのとかエネルギーがどうのとか、言ってる割にはよくわかんないんですけど、

宮島では有名な海辺の厳島神社には全然行かないで、

とにかく山だ、というかんじで山にばっかり登ってました。



ロープウェイで〜。(徒歩でも登れます。私はいやだけど)


で、
いい感じの小さな神社〜。と思ってひと気の無いお宮で和んでたらそこが厳島神社の奥宮の御山神社でした。

そのときその後すぐ暗くなって、ロープウェイももう終了してたし、道にも迷って遭難するかと思ってあせりましたけど、



今思えば、獣道のようなところを駆け下りたら道に迷った。

しばらく走ると奥の院へ向かう表示が・・・

無理無理!もう暗くなるし!


あちこち走り回って(山を走るの得意)

道を見つけて真っ暗な中ふもとまで降りてきた。
(ふもと近くなると、山道わきで鹿の目が光っていた)


その後、

1回目で迷って行きかけた奥の院には行こうと思って、

3回目にいったときにようやく奥の院に行ったんですが、

最初気がつかずに奥の院を通り過ぎてさらに山を越えてかなり先の山道からも外れた山中のそこに巨石があったので

その上で数時間過ごして堪能して、

降りてきたら奥の院があった。



(奥の院。振り返って少し戻った場所にあるから最初気がつかずに通り過ぎて、そのまま山越えちゃったよ!)



(今回は迷いませんよ〜!経験者だし!ふふっ!
と余裕かましていたら、奥の院の先の山越えたとこまでいってしまった。)


なので奥の院の中でも(誰もいなかったし)ヴェーダ唱えたりして和んで降りてきました。



おもしろかった〜〜〜。


で、4回目にしてようやく厳島神社に行った。

そのときバラティさんも弥山の上に連れて行った。
やっぱ、山登んないと。と思って。

バラティさんもここはいいと思って、短い時間だったけど場を味わってる様子でした。


山に登るたびに、山の上にある空海の消えずの火のとこで100日祈祷を頼んでたんですが、

(日本でのヤグニャやプージャの実施や、日本や世界の平安&わたしの平安)



(これはただの護摩木だけど。)


この前の9月だったかな?
ホ・オポノポノのKRさんの広島講演会に行ったときに、ついでにまた宮島に行こうと思ってたんですが、

結局いかなくて、

そしたら実はそのときにKRさんが宮島に行ってたという。


KRさんがクリーニングしてくれてたし、私なんかは行かなくてもよくなってたのかなと思いました。
あくまで主観ですけど。

なので、もうなんか宮島でなんかやらなくちゃという感じもあって何度も行ってた感じもあったんですが、

そういうのももうなくなったかなと感じました。


もし今後何か行くことがあったりなんかそこでやることになったりしても、いい感じでなんでもできそうに思います。


あ、そうそう、最後にバラティさんたちと宮島行ったときに
厳島神社でみんなでご祈祷?してもらったんですけど、

あれ、よかった。


なんちゅうんですか?

前に奉ってある御幣っていうんですか?

あれで頭をピッと触ってくれたんですが、

何もかもよくわかってない私ですら、なんかがザーッと流れ込んできたのがわかりました。


素敵な体験だった。


宮島って、面白いね!





奥の院のさらにかなり奥のマイ巨石。笑 ラブ








ん?なんかいる?と、思った。



ちなみにこれらの写真は全部自撮りです。爆



どーやって2メートル近い高さの岩の上に上ったかというと、木が折れて岩にななめに倒れ掛かっていたので、その木の上を普通に歩いたら岩の上までいけた。





富士山の近くの素敵な滝。





アティルッドラの開催候補地として、地元の人の案内でバラティさんも一緒にみんなで見に行った富士山近くの場所。

ここなら広さも充分。

火も使える。

近くに宿泊施設もある。

などといいながら。





宮島の山の中にも鳥居。







わたしの元伊勢に関して得た認識と、ご神体としての宮島

今回、数日前に「8日に元伊勢と天橋立に」というインスピレーションを受けたので、調べて行ってみました。

元伊勢という言葉は聞いた事があったけど、それがどこにあってどういうものかは知らなかったのですが、

イメージとしては兵庫の内陸部にあるイメージでした。



で、調べてみると、天橋立は、天橋立駅から歩いてすぐいけるところで、

橋になってる向こう側に元伊勢の籠神社があり、天橋立はその神社の参拝の道になってるとかいう。



(天橋立を歩いてわたってるところ)


なんか、海から行く、海からの参拝路の話もどこかで読んだ気もしますが、


天橋立と元伊勢がセットになってるなら一石二鳥だと思いました。



天橋立は位置的には京都の日本海側の海辺にあります。

ちなみに日本三景の一つです。



(天橋立の全景)




それは気にしてなかったんですが、その前日に行った宮島も日本三景のひとつでした。

もうひとつは松島らしい。


まあ、その日本三景の線で動いてるわけではないのですが、そういうことだった。



そして、元伊勢という概念がいったい何に基づいているかというと、


今の伊勢神宮に行く前に、何箇所かに天照大神が??行ってたらしく、それぞれの場所が元伊勢とされてるので


元伊勢と自称してる場所、神社は3〜4箇所くらいあるみたいです。


参考になります。↓

http://kammuri.com/s1/motoise/index.htm



で、その中で一番格式が高くて一般敵に認識されてるのが天橋立の籠神社(このじんじゃ)らしいです。



(籠神社(このじんじゃ))


伊勢神宮と、籠神社だけにしか許されてない5色の宝珠?とかいうのもあるらしく、

参拝したところ、祭壇?の近くの手すりの装飾にその5色の宝珠みたいなのがあったので、

どこか他の見えない場所にもあるのかもしれないけど、


その5色の玉?を目にしたのはそこだった。

なるほど、5色だ。と。




。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


お伊勢さまのふるさと丹後国一の宮「元伊勢籠神社」。その歴史はあまりにも古く、神代までさかのぼるといいます。


 特別名勝天橋立はその昔は籠神社の境内であり、参道でした。




伝承によると神代の昔、天にあった男神イザナギノ大神が奥宮真名井神社の磐座にいらした女神イザナミの大神のもとに通うための梯子が倒れて天橋立になったと伝えられています。


 神代の昔、奥宮真名井原に豊受大神をお祭りしてきましたが、崇神天皇の御代に天照皇大神が当社にうつり、與謝宮(吉佐宮)と称して一緒にお祭りしていたが天照皇大神は垂仁天皇の御代に豊受大神は

雄略天皇の御代にそれぞれ伊勢におうつりになりました。




それにより元伊勢といわれるようになり、その後天孫彦火明命を主祭神とし、社名を籠宮と改めました。




奈良時代に丹後の国の一の宮となり、平安時代の「延喜式」には名神大社となり、山陰道唯一の大社であり、最高の社格と由緒を誇っています。



「元伊勢籠神社」の説明サイトより。

http://www.amanohashidate.jp/area_fuchu.html
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



全然関係ないけど、そういえば私が通ってた中学は大社中学というとこだったんですが、あれは神社が名前の由来だったのかな。



最初7日の夜に広島から戻って元伊勢について調べてみたら、


天橋立のところに元伊勢があり、

別の内陸部に外宮と内宮があるということでわけがわからなくて混乱したのですが、


天橋立のところの籠神社とその奥宮の真名井神社はひとつのセットで、(外宮内宮いっしょくた?)



(真名井神社)


内陸部の外宮と内宮(と、奥宮)はまた別のセットというか、それはそれで別の元伊勢伝承の地のひとつでした。

それはこちら。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9A%87%E5%A4%A7%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E7%A6%8F%E7%9F%A5%E5%B1%B1%E5%B8%82) )

(皇大神社こうたいじんじゃ)





だから、私がなんとなく持っていた元伊勢のイメージの地は天橋立のほうではなくて、こちら↑でした。







あと、元伊勢って兵庫の山奥のイメージがあったんですが、先にご紹介した2箇所どちらも番地としては京都福知山でした。

位置的には確かに、兵庫の山奥な感じはあるんですが。









と、いうわけで、ほかに元伊勢候補はあるみたいなんですが、



自分の中で合致するのがこの2箇所の場所だったので、

どういう風に回ったらいいのかな、と思ったんですが、



自分の中で8日にはいったい、どこに行ったらいいんじゃい!?と聞いてみたら、今回のインスピレーションで示されたのは天橋立と、その近くの元伊勢だということだったので、

そっちだけ、昨日8日に行ってきました。







ウィキでの籠神社の説明はこちら

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B1%A0%E7%A5%9E%E7%A4%BE









たぶん、濃さとかでいえば

山奥(大江町)の元伊勢の皇大神社(こうたいじんじゃ。ウィキこちら)のほうが妙に雰囲気ありますけど、で、たぶん、なんとなく私がイメージで認識してた元伊勢はこちらだったと思うんですが、





今回はとにかく天橋立と、そこの元伊勢ということで。




このサイトもそこらへんの説明がわかりやすい。

http://www.amanohashidate.jp/powerspot/index.html






ちなみに皇大神社の方の元伊勢は、大本教の人らが認めたことでもより広く認識されることになったみたいです。


古代より皇大神社一帯は聖地とされていましたが、明治以後、聖地としての色合いは一層鮮明になりました。事の発端は大本開祖・出口ナオと大本聖師・出口王仁三郎が皇大神社を真の元伊勢と崇敬し、天岩戸神社の清水で禊ぎを行った事に遡ります。




このサイトより転載させていただきました。

http://kammuri.com/s1/motoise/koudai/index.htm









と、いうかんじ。




ヒンズー教も、日本の神道も、神様の歴史とか、知的興味は満たされるかもしれないけど、

根本的に心底どうでもいいと思っている私なのですが、




このように知識として知っておく機会がきたならまあ、しょうがないかと思います。。。






インドの神様も、日本の神様も、ややこしいし分けわかんないし、疲れます。




先日、広島の宮島に2日間行ったにもかかわらず、ふもとの有名な神社と寺にはとうとう足を踏み入れることがなかったのですが、


というのは島の山に登るのが優先順位として先な様な感じがして。


ロープウェイで登ったら、帰りは歩いて降りるように促しを感じて

それに従って降りたら迷って、



迷って全然違う方向に行ったら山中に小さな神社があって、



たぶん、そこが宮島での一番元というか島の神社なのかなあ?


山中にもかかわらず、皇太子が参拝したとかいう碑が建ってたので。



そこが実は島で霊的に一番大事なとこなんじゃないかなと思わなくもなかった。



もちろんそんなときにそんなとこにいたのは私ひとりだけで。




宮島は寺とか神社とかありますが、やはり島そのものがご神体だと思いました。


2日連続で通うとやはりそういう、島を中心にまとまっている群魂の様なものというか、島の意識がつらぬいてまとめている集団意識のようなものを感じたように思いました。





ある意味、有名な厳島神社などは外からの人たちに対応するための外交官のようなもので。

そんな気がしないでもなかったです。



ほんとうの島の意識はあらわにされずにきちんと守られているという風に感じました。




その、山中の小さな神社のとこで自分が何をどういう風にお祈りしたのかは忘れましたが、

たぶん、導かれて引き寄せられ、何らかの交流があったんだろうと思います。




(宮島の山の上の神社)

元伊勢に関して私が得た認識

今回、数日前に「8日に元伊勢と天橋立に」というインスピレーションを受けたので、


調べて行ってみました。


天橋立観光ガイドサイトはこちら
http://www.amano-hashidate.com/020guid.html
船の時刻とかも載ってます。


元伊勢という言葉は聞いた事があったけど、それがどこにあってどういうものかは知らなかったのですが、


イメージとしては兵庫の内陸部にあるイメージでした。



で、調べてみると、天橋立は、天橋立駅から歩いてすぐいけるところで、

橋になってる向こう側に元伊勢の籠神社があり、天橋立はその神社の参拝の道になってるとかいう。

なんか、海から行く、海からの参拝路の話もどこかで読んだ気もしますが、


天橋立と元伊勢がセットになってるなら一石二鳥だと思いました。



天橋立は位置的には京都の日本海側の海辺にあります。

ちなみに日本三景の一つです。


それは気にしてなかったんですが、その前日に行った宮島も日本三景のひとつでした。

もうひとつは松島らしい。


まあ、その日本三景の線で動いてるわけではないのですが、そういうことだった。



そして、元伊勢という概念がいったい何に基づいているかというと、


今の伊勢神宮に行く前に、何箇所かに天照大神が??行ってたらしく、それぞれの場所が元伊勢とされてるので


元伊勢と自称してる場所、神社は4箇所くらいあるみたいです。



で、その中で一番格式が高くて一般敵に認識されてるのが天橋立の籠神社(このじんじゃ)らしいです。


伊勢神宮と、籠神社だけにしか許されてない5色の宝珠?とかいうのもあるらしく、

参拝したところ、祭壇?の近くの手すりの装飾にその5色の宝珠みたいなのがあったので、

どこか他の見えない場所にもあるのかもしれないけど、


その5色の玉?を目にしたのはそこだった。

なるほど、5色だ。と。




。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


お伊勢さまのふるさと丹後国一の宮「元伊勢籠神社」。その歴史はあまりにも古く、神代までさかのぼるといいます。


 特別名勝天橋立はその昔は籠神社の境内であり、参道でした。




伝承によると神代の昔、天にあった男神イザナギノ大神が奥宮真名井神社の磐座にいらした女神イザナミの大神のもとに通うための梯子が倒れて天橋立になったと伝えられています。


 神代の昔、奥宮真名井原に豊受大神をお祭りしてきましたが、崇神天皇の御代に天照皇大神が当社にうつり、與謝宮(吉佐宮)と称して一緒にお祭りしていたが天照皇大神は垂仁天皇の御代に豊受大神は

雄略天皇の御代にそれぞれ伊勢におうつりになりました。




それにより元伊勢といわれるようになり、その後天孫彦火明命を主祭神とし、社名を籠宮と改めました。




奈良時代に丹後の国の一の宮となり、平安時代の「延喜式」には名神大社となり、山陰道唯一の大社であり、最高の社格と由緒を誇っています。


「元伊勢籠神社」の説明サイトより。

http://www.amanohashidate.jp/area_fuchu.html


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



全然関係ないけど、そういえば私が通ってた中学は大社中学というとこだったんですが、あれは神社が名前の由来だったのかな。



最初7日の夜に広島から戻って元伊勢について調べてみたら、


天橋立のところに元伊勢があり、

別の内陸部に外宮と内宮があるということでわけがわからなくて混乱したのですが、


天橋立のところの籠神社とその奥宮の真名井神社はひとつのセットで、(外宮内宮いっしょくた?)


内陸部の外宮と内宮(と、奥宮)はまた別のセットというか、それはそれで別の元伊勢伝承の地のひとつでした。

それはこちら。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9A%87%E5%A4%A7%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E7%A6%8F%E7%9F%A5%E5%B1%B1%E5%B8%82) )



だから、私がなんとなく持っていた元伊勢のイメージの地は天橋立のほうではなくて、こちら↑でした。





あと、元伊勢って兵庫の山奥のイメージがあったんですが、先にご紹介した2箇所どちらも番地としては京都福知山でした。

位置的には確かに、兵庫の山奥な感じはあるんですが。













と、いうわけで、ほかに元伊勢候補はあるみたいなんですが、



自分の中で合致するのがこの2箇所の場所だったので、

どういう風に回ったらいいのかな、と思ったんですが、







自分の中で8日にはいったい、どこに行ったらいいんじゃい!?と聞いてみたら、今回のインスピレーションで示されたのは天橋立と、その近くの元伊勢だということだったので、

そっちだけ、昨日8日に行ってきました。





ウィキでの籠神社の説明はこちら

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B1%A0%E7%A5%9E%E7%A4%BE











たぶん、濃さとかでいえば

山奥(大江町)の元伊勢の皇大神社(こうたいじんじゃ。ウィキこちら)のほうが妙に雰囲気ありますけど、で、たぶん、なんとなく私がイメージで認識してた元伊勢はこちらだったと思うんですが、



今回はとにかく天橋立と、そこの元伊勢ということで。




このサイトもそこらへんの説明がわかりやすい。

http://www.amanohashidate.jp/powerspot/index.html






ちなみに皇大神社の方の元伊勢は、大本教の人らが認めたことでもより広く認識されることになったみたいです。


古代より皇大神社一帯は聖地とされていましたが、明治以後、聖地としての色合いは一層鮮明になりました。事の発端は大本開祖・出口ナオと大本聖師・出口王仁三郎が皇大神社を真の元伊勢と崇敬し、天岩戸神社の清水で禊ぎを行った事に遡ります。





このサイトより転載させていただきました。

http://kammuri.com/s1/motoise/koudai/index.htm








と、いうかんじ。





ヒンズー教も、日本の神道も、神様の歴史とか、知的興味は満たされるかもしれないけど、

根本的に心底どうでもいいと思っている私なのですが、




このように知識として知っておく機会がきたならまあ、しょうがないかと思います。。。










インドの神様も、日本の神様も、ややこしいし分けわかんないし、疲れます。








先日、広島の宮島に2日間行ったにもかかわらず、ふもとの有名な神社と寺にはとうとう足を踏み入れることがなかったのですが、

というのは島の山に登るのが優先順位として先な様な感じがして。




ロープウェイで登ったら、帰りは歩いて大聖院ルートで降りるように促しを感じて

それに従って降りたら迷って、



迷って全然違う方向に行ったら山中に小さな神社があって、



たぶん、そこが宮島での一番元というか島の神社なのかなあ?


山中にもかかわらず、皇太子が参拝したとかいう碑が建ってたので。


そこが実は島で霊的に一番大事なとこなんじゃないかなと思わなくもなかった。





もちろんそんなときにそんなとこにいたのは私ひとりだけで。
大切なことはいつも一人なのかもしれないと思います。




宮島は寺とか神社とかありますが、やはり島そのものがご神体だと思います。




2日連続で通うとやはりそういう、島を中心にまとまっている群魂の様なものというか、島の意識がつらぬいてまとめている集団意識のようなものを感じたように思いました。


ある意味、有名な厳島神社などは外からの人たちに対応するための外交官のようなもので。

そんな気がしないでもなかったです。


ほんとうの島の意識はあらわにされずにきちんと守られているという風に感じました。





その、山中の小さな神社のとこで自分が何をどういう風にお祈りしたのかは忘れましたが、

たぶん、導かれて引き寄せられ、何らかの交流があったんだろうと思います。



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